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舘  昭(たち・あきら)
桜美林大学教授。専門は教育学。著書に『原点に立ち返っての大学改革』(東信堂)、『岐路に立つ大学』(放送大学振興会)など多数

第3回 「大学入試」と高校教育

2011/07/01

 1979年、国公立大学の入学志願者に、共通一次試験が導入された。これは、1990年から私立も参画し現在に至る大学入試センター試験の前身だ。ただし、当時は、文字通り国公立大学の「学力一次試験」を共同で実施するとの位置付けで、その背景には、難問・奇問をなくし、さらに、大学紛争の遠因ともされた「入試地獄」を緩和する意図が隠されていた。
 同時に、国立大学に存在していた「一期校(戦前からの帝国大学や官立大学といった伝統校等)」と「二期校(戦前の専門学校や師範学校から学制改革で大学に昇格した大学等)」といった区分が廃止され、受験機会は1回だけに改められた。
 一方、私立大学では、既述のように、1990年からセンター入試の利用を開始。また、慶應義塾大学藤沢キャンパスが「AO入試」を、亜細亜大学が「一芸入試」を始めたのも同じ年であった。
 AO入試は、学力試験の点数を競う「一般入試」とは異なり、志望理由書・面接・小論文などにより多面的な評価を行う選抜方式とされた。他方、一芸入試は、けん玉日本一やタレント活動などを評価して入学させるといった、学力以外の能力評価を、幅広い「芸能」にまで広げたものだ。
 これらの導入で、入試方式は大幅に多様化した。私立大学での普及を受け、国公立大学でもそうした流れに倣うところも出てきた。偏差値輪切りで入ってきた覇気に欠ける学生層に、喝を入れるものとして期待されたのである。
 それはまさに、18歳人口が200万人を超えるという、第二次ベビーブーム世代が大学に到達した時期でもあった。
 しかし、18歳人口は92年をピークに減り続け、現在では120万人程度となった。このため、全体としての入学定員に対する志願者数がほぼ1倍となり、「大学全入時代」の到来が言われている。
 これを背景に、相当数の大学・短大に定員割れが起きていることは、前回に紹介した通りだ。そして入試に関しては、「特別措置」のはずの多様な入試による入学者数が、一般入試でのそれを凌駕するということが、広範囲に起こっている。
 そうした現象を前にして、入学者の学力低下を憂い、一般入試の強化を訴える向きがある。また、すべての志望者に「高大接続テスト」を課す案など、学力試験重視の考えが浮上してきている。
 このように大学入試は混迷を深めているが、解決のヒントは、先に18歳人口減に見舞われたアメリカ型の入学決定方式にあるのではないか。アメリカの大学では、高校の成績・共通テスト・ボランティア活動歴・推薦状など、多様なデータを複合的に用い、自らのアドミッション・ポリシーに沿った学生を選ぶ。
 個々の大学では学力テストを行わず、大学進学適性試験(SAT)などの共通テストも単独で用いることはない。1点差で合否が決まるわけではないため、日本に今も残る一般入試における入試地獄は現出しない。また、日本のセンター試験が高校のカリキュラムの達成度を測るとしているのに対して、より普遍的な学力を測るという点でもアメリカ型は好ましい。高校での学力達成評価には高校の成績を用いるので、高校教育とそこでの評価が尊重されているのである。
 ただ、これが可能となるには、そもそもの大学改革が、根源的な形で進められる必要がある。それについては、次回以降触れてみたい。

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