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第8回 高等教育への投資と貸与型奨学金

2020/12/16

連載 大学改革と高等教育政策

第8回 高等教育への投資と貸与型奨学金

濱中 義隆

 高等教育の費用負担の在り方を考える上では、「アクセス」だけではなく、教育研究の「質」との関係を考慮することも重要である。本連載の前半で述べたように日本の大学教育は、諸外国の学生に比べて明らかに少ない授業外学習時間に端的に現れる質的な課題を依然として抱えている。そうした体質から脱却する上で、個々の教員・学生の努力(意識改革)もさることながら、自律的学習を促す環境面の拡充も不可欠である。例えば、双方向的な教授・学習プロセスを効果的に運用するために、少人数クラスへの転換、チューターなど学習サポートを担うスタッフの増員、ラーニングコモンズ(学習図書館)やICT環境の整備などが必要となろう。近年では、海外留学や学外インターンシップといったプログラムを教育課程に組み込むことで、その特色を打ち出す大学も少なくない。
 言うまでもなく、これらの方策は学生一人当たりの教育コストを高めることになる。それでも現在より低コストの教育を是とすべきとは思えないし、高等教育の質的転換なくしては日本社会全体の地盤沈下(結果としての格差の拡大)につながる危惧もある。こうした教育コストの増大を公財政支出の拡大によって賄えるかといえば、「無償化」を謳った修学支援新制度も2割未満の学生しかその対象にならない現実を考えると、まず不可能である。だとするならば、中・長期的には授業料等のさらなる上昇もある程度は覚悟せざるを得ない。とりわけ教育・研究面での国際的な競争に巻き込まれる有力大学ほど、その傾向は強くなるだろう。もちろん授業料等を増額するからには、高等教育機関は何に多額のコストを要するのか、そこからどのような成果が得られたのか、いままで以上に積極的な情報公開が求められる。
 一方、経済の低成長下にあって、平均的な家計所得の上昇も見込めないため、学費が上昇すれば家計=保護者による負担には自ずと限界がくる。現状では進学費用を何とか負担できている中〜高所得層でも、経常的な収入や貯蓄による負担は無理という事態が生じるかもしれない。
 そこで改めて考えなければならないのは、貸与型奨学金の役割である。前回も言及したように、近年、日本学生支援機構の貸与型奨学金を利用する学生の比率は35%程度、貸与総額は年間1兆円弱に達する。国全体での授業料の総額が3・5兆円のうち3割程度が貸与型奨学金で賄われている。拡大した貸与型奨学金の原資は、財政投融資を通じた金融市場からの資金調達であるから、マクロに見れば国民の預貯金から高等教育への「投資」がなされていると見なせる。政府および家計による直接的な費用負担に限界がある中、社会全体での高等教育への投資の拡大が必要であるとするならば、貸与型奨学金を通じた金融市場の活用はその重要な手段の一つであり、現にそうなりつつある。
 もちろん貸与型奨学金=ローンであるから、個々の学生にとっては返還困難のリスクは常に存在する。しかも、そのリスクは個人の努力とは無関係に、景気変動などの「運」にも左右される。このことが「ローン回避」の心情となって進学をためらうことになってはならない。したがって、返還困難のリスクを緩和するための施策を設け、政府による一定の財政負担を介入させることが不可欠となる。すでに「所得連動返還型奨学金」(本人の課税対象所得の一定割合を随時、返還する方式)が部分的に導入されているが、こうした仕組みをより柔軟な活用しやすいものにしていくことが必要である。
 これまで学費や奨学金の問題は「アクセス」の観点から取り上げられるばかりで、「質」との関わりで正面から論じられることは少なかったように思う。学費の上昇やローンの拡張には同意が得られるどころか、批判も少なくないだろう。それでも大学教育の質的転換への投資の必要性を考えてもらうために、あえて問題提起をする次第だ。



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