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福永 栄一大阪成蹊大学 現代経営情報学部 准教授
fukunaga@osaka-seikei.ac.jp

略歴:
昭和35年山口県生まれ
昭和59年3月静岡大学理学部物理学科卒業
昭和59年4月:商社に入社
14年間情報システムの開発・運用を手がける。
平成15年4月:青森大学経営学部講師
平成18年4月:青森大学経営学准教授
平成20年4月:大阪成蹊大学准教授
資格:
中小企業診断士、ITコーディネータ・インストラクター
公職:
青森地方最低賃金審議会委員など
著書:
環境会計と情報開示(平成12年11月、税務経理協会)
中小企業の国際化と海外進出(平成14年6月、中小企業診断協会)いずれも共著
受賞:
(社)中小企業診断協会主催‘05「中小企業経営診断シンポジューム」で、「携帯電話での出席管理システム」の導入事例を発表した論文で、中小企業庁長官賞(最優秀賞)受賞

出欠確認の教育効果(3)

2007/10/23

<連載第3回目
「効率的かつ正確な出欠確認」実現のための技術とシステム構築思想

出欠確認を行なうと必ず「ズル」をする学生がいる。

これまでの出欠確認の方法は、①名前を呼ぶ、②出欠カードを配布して名前を記入してもらう、③学生証のバーコードやICを読取るなどの方法がある。どのような方法でも、少人数のクラスであれば、効率的かつ正確に出欠確認が行なえる。しかし、大クラスになると状況が一変する。200人のクラスを例にして、これら方法の効率性と正確性をまとめると次のようになる。

200人のクラスでの出欠確認の効率性と正確性

方 法

内  容

計 算 式

所要時間

正確性

名前を呼ぶ

13秒程度で確認

200人×3

600秒=10

×

出欠カード

カードへの押印
一人ひとり手渡し
まとめて回収
カードの出席簿への転記

3分程度
200人×3
3分程度
200人×1枚約27

3
600秒=10
3
5400秒=90

学生証読取

学生が読取らせる

授業への影響はゼロ

0

××

名前を呼びながら、出席簿に○や×を記入する方法が一番簡単で、思ったほど時間がかからない。しかし、ここでは一人3秒で計算しているが、これはテンポよく呼んだ場合であり、もっと聞こえやすく、はっきり大きな声で呼ぶなら15分~20分の時間が必要と思われる。それでも、この方法だと、必ず「ズル」をする学生が出てくる。七色の声を使い分け友人に代わって「はい」と答えるのである。そして、これを抑制する手立てが見つからない。正確な出欠情報は得られないのだ。

出欠カードを配布する方法も同様である。友人のためにカードを数枚もらって名前を書いて提出する。それに気づいた教員は、一枚ずつ学生に配布する。学生も準備万端で、それに気づいていない教員の授業で大量にカードを取得しておき、そのカードに友人の名前を書いて提出する。提出時に数枚重ねてサッと渡せば受け取る人は分からない。それに気づいた教員は、日付と自分の名前を押印したカードを一枚ずつ学生に配布する。ここまでやられれば、学生も対策が無い。その代わり、教員の負担も半端ではない。特に時間がかかるのは回収したカードを出席簿に転記する作業だ。学部、学科、学年、学籍番号ごとにカードを並び替えて10枚以上ある出席簿に一人ずつ転記する。実際にこの作業を行っている教員に聞くと90分程度かかるということであった。自分が50人ほどで、試しに行ったときは、30分程度かかった。50人で30分なので、200人なら慣れていても90分はかかるであろう。正確な出欠情報を得るために必要な労力である。

ここまでやる人は、よほど学生の事を思った素晴らしい教員だと私は思う。笑い話として読んでいただければいいが、実際にやるのは大変である。もちろん皮肉ではない。教員とて忙しい日々を送っている。授業をいくつも抱えて、その準備に追われる毎日である。それ以外に、県や国の委員、地域活動のお手伝い、学内行事、学内活動が多々ある。その合間に、授業が始まる前に出欠カードに自分の名前と日付を押印するのは大変な根性が必要である。それを支えるのは、「学生のため」という思いのみである。「彼らに勉強させねばならん!」という強い思いと信念である。

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■教員と学生の思惑のズレ

ここまでやってくれるのだから、学生がこの教員を信頼し、この教員に感謝してくれれば、教員もこれを続ける甲斐がある。しかし、残念ながら学生達の反応は逆である。「せこい」、「こそく」などあまりよくない評価を受けることが多い。なぜなら、ほとんどの学生は「ズル」をしていないからだ。一部の「ズル」をする学生対策のために出欠カードに押印すれば、大部分の学生は「どうしてここまで疑われないといけない!」と思うからである。教員とは報われない職業である。

学生数2000人の大学での出席簿から大学のサーバー(パソコン)への転記作業量

学生数

一人の履修科目数

1科目の転記時間

計算式

総転記
時間

8時間
労働換算

2000

10科目

30

2000人×10科目×30

167時間

21

こうして得た正確な出欠情報も、この時点では教員の出席簿に記録されただけであり、大学で管理された状態ではない。授業ごとの出席率や学生ごとの出席状況を知るためには、全教員の出席簿のデータを大学のサーバー(パソコン)に転記しなければならない。例えば2000人の学生が在籍する大学で、ひとりの学生が10科目履修し、1ヶ月4回授業が行われたとすると、1ヶ月の総出欠数は、2000人×10科目×4回=80000出欠になる。これも自分で実際に転記して時間を測定したら、1科目4回分に約30秒かかった。出席簿の1か月分 4回の出欠を覚えてサーバーに転記するのだが、手書きの出席簿は見にくい。また、自分の能力不足であろうが、出席簿の4回分を覚えてサーバーに出席、欠席、遅刻などを入力していると4回目の内容を忘れてしまう。そのため、4回分を転記するのに2度出席簿を見なければならなかった。4回分30秒であれば、延20000科目全部の転記時間は、30秒×20000科目=600000秒≒167時間である。8時間労働で換算すると約21日分の作業量である。毎月これだけ時間を掛けなければ、出席簿のデータを大学のデータとして管理できないのである。

これほどのハード作業を全教員、全授業で強いるのは不可能である。そこで、③学生証のバーコードやICを読取るシステムを導入する。このシステムを導入すれば、教員の負担はほぼゼロにすることができる。しかしこのシステムも「ズル」が抑制できない。むしろこのシステムの欠点は「ズル」を増長することだ。七色の声を使う場合も、出欠カードに友人の名前を書く場合もどちらも教員がいる教室内で行なう行為である。「教員に隠れて」行なうのである。その行為は僅かながらでも「罪の意識」がある。しかし学生証は教員がいない教室で行うことができる。学生証は無数にあるが、読取装置は出入り口付近に設置するので、教室に1つか2つしかない。そのため、授業が始まってから(教員が教室にいる時に)読み取らせるようにすると、授業を始めるまでに時間がかかってしまう。大人数クラスだと、読取装置に列ができ、読み取り終わるまで教員が待っていなければならない。これでは授業にならない。非常勤講師の授業であれば失礼である。そのため、授業が始まる前の休憩時間から読み取りを可能\とするのが通常である。教員が教室に来る前(教員がいない間)に読み取らせることができるようにするのである。だから、「ほとんど罪の意識無くズルできる」。読み取らせて教室に入るつもりだったが、読み取らせた直後にお腹が痛くなったら教室に入ることができない。おなかは痛くならなくとも、読み取らせた直後に急に用を思い出すこともあるだろう。この場合は、授業にいなくても罪ではない。これがエスカレートすると、10枚の学生証を一人で読ませる学生も現れる。ところが彼もやりたくてやっているわけではない。彼から匿名で「ちゃんとチェックして欲しい、自分はやらされている」と投稿があるというのだ。同時に彼を見ている真面目な学生からも「でたらめを許すなら出欠確認なんか意味が無い」と投稿があるそうだ。そのため、教員が時々出欠カードなどで出欠を二度取りする。その都度真面目な学生から「自分はチャンと出席登録しているのにどうしてまた取られるのですか(なぜ、疑うのですか)」と言われる。二度取りされるのは、真面目に授業に出席している学生だけだからである。学生同士がいがみ合い、教員は学生を疑い、学生から教員が信頼を失う。正に「授業崩壊、学校崩壊」である。

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(3/3)
■「学生のため」のシステム

出欠確認を正確に行うためには、膨大な労力が必要で、効率性を追求すれば「ズル」が増える。これまでの方法では、出欠確認の正確性と効率性は二律背反であった。しかし厳罰を加えれば、これが可能になる。抜き打ちで二度取りして、その時にいない学生は退学、停学、全授業の出席取消しなどである。年に数回行うだけで学生は震え上がり、「ズル」をすることはなくなるであろう。しかし、この方法は、教育効果という観点からは如何なものであろうか。自由と自主性を重んじた教育の場が大学である。出欠は、所詮出欠、高が出欠であり、試験での不正行為とは違うはずである。これが出欠確認をIT化する上で最も難しいところである。高が出欠に、厳格な機能\を組み込んではいけないのだ。にもかかわらず、「ズル」を抑制しなければならない。

大学の出欠確認では、効率性と正確性が同時に実現できる技術が必要であるが、それに加えて、自由と自主性を重んじ学生を締め付けない技術でなければならないのだ。「人を育てるため」というシステムの構築思想がなければ、教員や学生から受入れてもらえないのである。他の出席確認システムと私のシステムの根本的な思想の違いは、最初から教員や学生は出欠確認システムを受入れてくれないと考えていたことである。使ってくれないと思っていたことである。使ってくれない学生や教員に使ってもらうためには何が必要かと考えた。その結果、先ず第一に考えたのが「学生を締め付けない」であった。第二が「パソ\コンが使えない教員でも使える容易性」であった。その上で「効率性と正確性」を考えた。

セミナーでもこの考え方を強調する。しかし質問では、「簡単な機能なので、真似されませんか」とか、「こんな機能\だけでうまく行くはずがない、何か隠しているでしょ」と問われる。学生を締め付けないという思想を熱く語り、だから成功していると強調しても、結局は技術に注目するようだ。もちろん機能にも自信を持っているが、それ以上に真似されないのが「学生のため」という構\築思想である。どんな機能を作りこんでも教員が使ってくれなければ、学生が使ってくれなければ何の効果も発揮しない。教員と学生に理解してもらい、使ってもらうためには、システムに対する思いが重要である。その思いをシステムの導入、運用を通じて教員と学生に伝えなければ成功しない。そのためには、出欠確認システム導入、運用プロジェクトの推進技術が重要となる。「効率的かつ正確な出欠確認」を実現するためには、①情報システムの開発技術と、「学生のため」という構\築思想を実現するための②システム導入¥運用プロジェクト管理技術の両方が必要である。

 

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