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第45回 東京家政学院大学 利谷 信義 学長

2008/09/01

利谷 信義(としたに のぶよし)
1932年生まれ。東京大学法学部卒業。同大学院修了。東京大学社会科学研究所教授・所長、お茶の水女子大学ジェンダー研究センター長、東京経済大学現代法学部長などを経て現職。総理府男女共同参画審議会委員などを歴任。

 

東京家政学院大学(東京都町田市)は、「KVAルネサンス」という旗印を掲げ、大学改革を進めている。利谷信義学長に改革の様子をうかがった。
(インタビューは8月3日)


KVAルネサンスで大学改革

-「KVA」とは?

 KVAとは、Knowledge(知性を高める)、Virtue(徳性を養う)、Art(技術を磨く)の頭文字で、本学の建学の精神を示しています。創立者・大江スミ先生の提唱を受けて、近所の方を対象にした「家政研究所」が自宅に作られた1923年から、学園創立85年となった現在まで語り継がれています。「知・徳・技を兼ね備えた自立した女性、そして思いやりのある女性を育てる」ということが、私たちの教育の目標です。
 大江先生は「賢い悪魔を作ってはならない」とよく言われたそうです。知識と技術があっても、それを悪用する人にはなってはならないと。だから、それを正しく使うための徳性が重要なのです。


-「KVAルネサンス」とは、何を再生(ルネサンス)するのか?

 KVAというのは、不朽の目標だと思います。ですが、大江先生の時代の社会や経済状況と、現在とではやはり違いがあります。現状に即してKVAの具体的なあり方を考えることが必要なわけですね。すべての教育と研究活動における、KVAの再確認、つまり、今の状況でKVAを達成するためには、何が必要なのかが、私たちに問われていると思います。
 大学再生の意味は、18歳人口の減少への対応にとどまらず、高等教育が担うべき問題、たとえば、地球温暖化、少子高齢化、雇用の不安定化などの人類が直面している大きな問題に対して、それぞれの高等教育機関、大学は回答を用意しなければならないことも含まれていると思います。東京家政学院大学としては、その一環として「人間らしい生活をどうしたら保証できるのか」で、答えていきたいと思います。
 現在の社会状況は、極限までの効率追求です。効率化することは、たしかに必要なことですが、それだけで「人間らしい生活の保証」が達成されるかは疑問です。そこを私たちの大学は、一つの使命として考えるべきものだと思っています。

-改革の柱でもある学部再編は時代に即するためか?

 この学部の再編成は、今までの伝統をさらに推し進めて、現段階に適応するということでもあります。だから、今までのものを切り捨てるわけではありません。短大にあった、「食物栄養」「食品バイオ」「生活科学」という三つの専攻を再編し、大学の新しい枠組みの中で、家政学部に現代家政学科と健康栄養学科を新設し、家政学部 (ほかに児童、住居学科)と人文学部(日本文化、工芸文化、人間福祉、文化情報)の2学部8学科体制となります。さらに今後、学部の統合・再編を進める予定です。
 この体制をもって、人間らしい生活の構築にあたるわけです。学部の統合により、専門分化による縦割りと目的の拡散を克服し、できるだけ学科の壁も低くして、どの学科に入った学生でも、自由な学びができるようにしたいと考えています。


国際と地域の両方を強化


-大学の進んでいく方向性は?

 一つの方向性として、今後は地域との関係を密にしていきたいと思います。個々の先生方の地域活動が大きく育ってきましたが、これらを総合する役割をもつ「地域交流センター」のようなものを作っていきたいですね。


-最近では、国際化をめざす大学の動きが目立つが?

 特に地域と国際の両方を総合的に進めていきたいのです。国際的な提携を希望している海外の大学がいくつかありますから、それはそれで進めていきたいと思います。
 また、地域の方も、地域のお母さん方が子どもを連れてきて、保育の相談や保育実習に参加されていますが、もっと発展させることが必要です。
 さらには、「国際地域交流センター」というような、地域と国際の両方を統合する組織ができることが理想です。いまそのような芽が出てきています。留学生の力を借りて、地域の人たちへ中国語講座を開講したりと、地域と国際とが結ばれた活動があります。


-個々の取り組みが、まとまるようになってきた?

 このような新しい仕組みの中で、個別的な活動がまとまるようになれば、それが大学の力となり、総合力が付きます。今後は、そういうものに力を入れていきます。これまでも留学生の支援に力を尽くしてきた「国際交流センター」がその一つの母体になってくれるでしょう。それから、地域社会とのつながりも強化されてきています。
 特に、町田市や八王子市との関係はかなり密になってきました。大学のある町田市の道路の美化計画に協力し、学生がコンペで出した案により、トンネルの壁面に学生の協力で、地域の子どもたちとペンキを塗って壁画を完成させました。また、町田市の50周年事業の一環として、「ライフステージにおける望ましい生活のあり方」という共同研究を進めています。それぞれのライフステージに、望ましい生活のあり方を描き出していこうという、私たちの大学の強みを生かせる研究です。これは今年の秋、町田市におけるシンポジウムや学園祭「KVA祭」での展示を予定しています。


-学生一人ひとりがKVA精神を持つためには?

 学生に「KVA、KVA」と入学のときから言い続け、強調してきたつもりでしたが、それをもっと明確に打ち出さなければいけないですね。


-もう少し具体的にするとどうなるのか?

 私は「知・徳・技を兼ね備えた、自立した思いやりのある女性を育てたい」と言いました。ですが、この言葉は、学生には抽象的なのかもしれません。なかなか難しいところですが、いろいろな言葉で語りかけていきたいと思います。
 特に「V(徳性)」の部分は、人間関係の中で具体的に一つひとつ学んでいくことが必要です。決して道徳のお説教で実現できるわけではありません。講義や演習、実験・実習の中で、体得しなければいけないと考えています。


-どう「V」を身に付けるのか?

 特に演習や実習・実験の場で協力し合うことで、Vが形成されると思っています。先生と学生の間、学生相互の間で、一つひとつ学生は身に付けていくことでしょう。
 最近の学生は、他人との協力やコミュニケーションが決して上手だとは言えません。だからこそ、大学で人間関係を磨く必要があるのです。学生を孤立させないよう、グループワークなどで協力し合っていくことを体得していくことでしょう。人間関係は体で覚えていくものです。
 大江先生ご自身は熱心なクリスチャンでしたが、ミッションスクールにされたわけではありません。しかし、世の光であれ、地の塩であれと言われたように、自立した思いやりのある人を目標とされました。
 私は、そのためにこそ、学生にとって「大学が居場所となる」ことをめざしたいと思います。本学に来て、じっくりと勉強できる場所を作りたい。大学で力を蓄えて、社会で飛躍してもらいたいと思っています。

 

大切な学生の居場所作り

 

-「社会人は自分の机があるが、学生は机がない存在だ。だから、教室以外の居場所作りが大事だ」という人もいる

 それが、部活やサークルだと思います。物理的に学生の机を全員に保証することは難しいことです。
 机があっても孤立していてはどうしようもない。居場所といっても、孤立してぽつんとしているのではなく、人間関係を築いていくための拠点でなければいけないわけです。


-東京家政学院では人間関係を育む居場所は?

 大学全体がそうであるのが理想です。本学は少人数教育を特色としていますが、その人間関係こそが真の居場所です。さらに、部活やサークルはもちろん、図書館や食堂の利用も重要です。
 よく学生から食堂を何とかしてくださいと言われますが、食堂の改善はまだまだ十分とは言えません。また、学生や先生方が集える、サロンのようなスペースも欲しいですね。
 部室も、専用の部屋が少ないですから、より増やしていきたいものです。国際交流センターには集いの場としての国際交流プラザを作りました。このような、「あそこへ行ったら何かができる」というような、学生が集まれる場所を作りたいと思います。


-学部の改組から始まったKVAルネサンスは、これからも続く?

 もちろん今後もいっそう力をいれていきます。社会の変化はこれからも続きますし、また、これは日本社会だけの問題ではありません。国際的なつながりの中で、あらゆる領域から問題の解決に当たらなければなりません。その中で私たちは「生活」の部分で応えたいと思います。


-大学名に「家政」が入っている

 「家政」を抜かして、「東京家政学院」と名乗っていいのかということです。家政学は、狭い意味での家族の中と捉えられがちですが、個人、家族、地域社会、職場、地球というつながりにおけるトータルな生活を考えていく学問です。
 私の任務は、これに対応できる教学の改革にはっきりとした形を付けることです。この改革を進めることに全力を挙げています。ただし、「KVAルネサンス」では少し抽象的かもしれません。ズバっと方向性を示せる言葉がほしいです。もっと改革の全体を、具体的に心に響くような言葉を探していくことが、今後の課題でもあります。

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