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第5回 教育費負担の方法

2017/09/14

連載 教育費負担と奨学金

第5回 [教育費負担の方法]

小林 雅之

 前回は教育機会の格差の是正が学生支援の根拠であることを説明した。家計の教育費負担の軽減によって、教育機会を拡げるために学生支援が求められるのである。

 それでは、そもそも教育の費用は、誰がどのように負担すべきであろうか。日本では義務教育は公費負担であるが、それ以外の教育については親が負担するのが当然であるとみなされてきた。このため、異なる教育費負担の考え方があることが理解されにくい。まず、この点について見ていく。

 ここでは、教育費負担について、三つの考え方に分けてみたい。まず第一に公的負担か私的負担か、第二に私的負担は、さらに民間負担か家計負担か、第三に家計負担は保護者(親)負担か学生本人(子)負担か、といった区別である。民間負担には、企業、慈善的(寄付、財団など)負担もあるが、その割合は高くない。したがって、教育費の負担は、公的負担、保護者(親)負担、本人(子)負担の三つが主なものである。

 国際的に見ると、三つの教育費の負担の考え方の背景には教育観の相違がある。

 第一に教育費の「公的負担」は、「教育は社会が支える」という教育観に根ざしている。これを教育費負担の「福祉国家主義」と呼ぶこともできよう。フランスやドイツなどヨーロッパ諸国、とりわけスウェーデンなどの北欧諸国で広く見られる考え方である。授業料は無償か、きわめて低廉である。

 第二に、「学生本人負担」は、教育は個人のためであるという教育観が背景にある。これは、教育費負担の「個人主義」と呼ぶことができる。アメリカやイギリス、オーストラリアなどアングロ・サクソン諸国で広く見られる教育観である。これは、自己責任という考え方であり、教育は個人の責任であるから、教育費は学生本人が負担することになる。といっても学生本人はほとんど稼得力はないから、在学中はアルバイトやローンで学費や生活費をまかない、卒業後にローンを返済することになる。

 第三に、教育費の「保護者負担」は、親や保護者が子どもの教育に責任を持つべきだという教育観が背景にあり、教育費負担の「家族主義」と呼ぶことができよう。日本・韓国・台湾などで強い教育観である。

 もちろん、これらは理念的な捉え方で、現実には各国ともこの三つの負担方法が混在し、一つの負担というよりこの三つを組み合わせている。

 たとえば、アメリカの連邦政府の学生支援は、家計が負担する額を推定し、実際に必要な学費との差を給付型奨学金や学資ローンで支援する。ここでは保護者(親)も子の教育費についてある程度の負担をするべきであるという考え方がある。

 国際的に見ると、最近は、公的負担から私的負担、親負担から子負担へと移行している傾向にある。この背景には、福祉国家主義を貫くヨーロッパ諸国などを除けば、大学進学者が増加するのに対して、いずれの国も公財政が逼迫しており、教育費の公的負担が難しくなっているという事情がある。しかし、授業料を高額にして、家計負担を重くすることは、教育機会に悪影響を与える恐れが強い。とりわけ低所得層に求めるのは難しくなっている。そこで、ローンやアルバイトで教育費をまかない、卒業後に返済するという本人負担を採用する国が増えてきたのである。だが、最近では給付型奨学金に力を入れる国も増えている。

 現状、GDPに対する高等教育費の公的支出の割合において、日本はOECD諸国の中でも最低水準である。逆に家計負担はチリに次いで高い割合となっている(OECD,Education at A Glance 2016より)。日本の公財政の負債は、GDPの2倍を超え、主要国の中でも最悪である。こうした厳しい状況の中で、いかに学生支援のために教育費を負担すべきかがまさに問われているのである。

 

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