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第78回 早稲田大学 総長 田中愛治氏

2019/03/14

「世界で輝くWASEDA」を目指して
早稲田大学 第17代総長 田中愛治氏



 いまから137年前(1882年)に創設された旧制・東京専門学校をルーツに持つ早稲田大学(東京都新宿区)。同大は現在、2032年に迎える創立150周年に向けた中長期計画「WasedaVision150」を掲げ、教育・研究の質のさらなる向上に取り組んでいる。
 昨秋11月、第17代総長に就任した田中愛治氏に、今後の早稲田大学のビジョンをうかがい、高校生にメッセージを送っていただいた。





全教職員・学生が一体となって
世界のトップを目指す覚悟を

――田中総長が目指している「世界で輝くWASEDA」についてお聞かせください。
 本学のことを「私学の雄」と言っていただける場合が少なくありません。なぜそうなったのだろうと考えていたのですが、これは建学の精神の影響が大きいのかもしれないと思うようになりました。
 創立者であり初代総長の大隈重信は、学問の独立・学問の活用・模範国民の造就を「早稲田大学三大教旨」として宣言しました。そこには、学問の研究内容を活用した教育を行い、その教育を受けた学生が進んで世界に貢献するようになるべきだという大隈の想いがあります。その大隈の志を受け継ぐ私たちは、日本のトップクラスという評価に決して安住していてはいけないのだと、総長就任にあたり決意しました。
 本学が掲げる「Waseda Vision 150」で、アジアのリーディングユニバーシティとして世界に貢献する大学であり続けると述べているように、世界で評価されることは以前から目指しているところでもあります。アジアのトップということは、自ずと世界においてもプレゼンスを持った大学ということにほかなりません。具体的には、大学ランキングで世界40位程度以内に入れば、国際的にも高く評価されていると言えるのではないかと考えています。
 しかし、大切なのは、ランキング自体に拘泥するのではなく、そこに理念が伴うことでしょう。私が思う世界のトップクラスの大学とは、①取り組んでいるさまざまな分野の研究が国際的に意義のあるものだと認められ、②優秀な人材を輩出する教育システムが構築され、③多くの卒業生が社会に貢献していると世の中から評価されているという「研究」「教育」「貢献」の三つの要件を満たしているものです。これらの内容について世界中の大学から、「早稲田大学はきちんとしている」と言われるようになった時に、世界のトップクラスになったといえるのだと思います。現時点でのランキングが低くても、外部から認められる取り組みを続けていけば、いずれは結果としてランキングは上昇していくはずです。
 こうした中長期的目標の達成には、40年以上かかるのではないかと覚悟していますが、私の任期である4年間が勝負になります。まずは、全教職員が〝いずれ早稲田大学は世界のトップになる〞という覚悟を持つための道筋を今後3年間程度でつけるようにしたい。そして同時に、そのことを学生たちにも伝えていきます。〝自分が学んでいる大学はいずれ世界のトップクラスになる〞という自覚を持って社会に出ていけば、それぞれの立場で人類社会に貢献を果たしていけるはずです。
 本学がいま、ありがたくも日本のトップスクールと評価されているのは、卒業生の活躍による部分が大きいと私は考えています。卒業生が世間から認められることにより、本学の教育が評価されてきました。いま在籍する学生一人ひとりがさまざまな分野でトップを目指す気概を持ち、これまで以上の活躍を見せることで、本学がより一層世界のトップに近づいていけるのではないでしょうか。

――育成を目指す具体的な人物像をお示しください。
 いまの社会では、異なる性、言語、国籍、宗教、人種、文化などを理解し、多様な価値観を共有できる「しなやかな感性」が求められます。早稲田大学では年間約7500人の外国人学生が学んでおり、学内でもそうした力はある程度身につきますが、さらに日本の外に飛び出し、外から日本をぜひ見てほしいと願っています。
 また、卒業生には、「やりがいがあると思うことをやりなさい」と伝えています。取り組むのが楽しい、やりがいがあると思えることに注力し、120%の力を発揮できれば自ずと評価されます。仮に将来性のありそうな事柄であっても、本人に興味がなければ90%くらいの力しか出ず、うまくいきません。得意なことに一生懸命取り組むことで、社会の発展に貢献してもらいたいと思います。


究めたい勉強を求め米国へ
学生との近い距離感が話題
――教授になるまでの経緯を教えてください。
 早稲田大学に入学し、世論調査を通じて人々の政治に対する意識を探る勉強をしたいと思いました。それには統計学が欠かせませんが、まだパソコンが普及していない時代だったため、大型計算機を使う必要がありました。当時そうした研究は政治学では珍しく、アメリカの中西部くらいでしかやっていないと教授に教わり、卒業後にアメリカに留学して、オハイオ州立大学の大学院に進学しました。
 修士課程が修了したら世論調査の会社に勤めたいと考えていたのですが、勉強するうちにますますおもしろくなり、博士課程に進みました。
 博士課程の修了が見えてきたタイミングで、世論調査の会社で働いている方とお話をする機会に恵まれたのですが、オーバークォリファイドだから大学で研究を続けるのが良いと勧められたのです。ですから、アメリカには10年半くらい滞在していましたが、大学の教員になろうと思ったのは、最後の1年半くらいになってからでした。

――田中総長のゼミナールは希望者が多く、とても人気の教授だとうかがいました。
 おかげさまで、私のもとで学びたいといって希望してくれる学生が多く、人数は常に上限まで採っていました。ていねいに教えていたから支持されていたのだと思いますが、反省もあります。
 自分が120%の力を注げた手応えのある学生たちは、卒業後もゼミの同窓会などに半数以上が参加してくる一方、教務部長になった時など、学生の指導教育以外のことに時間が取られていて、90%の力しか注げなかった代のゼミ生は、残念ながら少数の者しか足を運んでくれませんでした。明らかな差だったため、やはり学生は教員の姿勢をよく見ているのだと痛感し、そこからはたとえ忙しくてもできるだけていねいに対応しようと肝に銘じました。
 例えば、卒業論文の提出が近い時期など、休日や祝日であっても「見てもらいたい者がいれば見る」と周知した年には、15人中10人くらいの参加者がいました。そうした手塩にかけた学生は、卒業してからも会いに来てくれますね。ありがたいことです。

――SNS上で学生とのウィットに富んだやり取りを拝見しました。
 昨年の3月頃、卒業を間近に控えたある学生から「先生、Twitterができないと私たちとつながれないから!」と言われたことがきっかけで始めました。学生の質問に返信したり、昨年流行語にもなったフレーズと私のあだ名を使った「ラブ治半端ないって」というツイートに、「あざーす」と返したりと、学生との距離感は近いと思います。もちろん総長になってからはSNS上に限らず発言にはより一層気を遣うようになりましたが、学生との意思疎通をていねいに行うというスタンスは総長になったいまも変えないつもりです。


〝伸びしろ〞のある若者よ早稲田に集え
楽しさを見つける「自己発見」
――入学志願者にどのようなことを期待しますか?
 実は本学の入学者においては、幅広く勉強してきた推薦入試入学者のほうが一般入試入学者よりも進学後の成績が上であることが多くなっています。一般入試入学者は高校時代に科目を絞って激しく受験勉強してきたためか、入学後に全員が大きく伸びるとは限りません。
 幅広く勉強した伸びしろのある若者にも門戸を叩いて欲しい。その手段の一つとして、具体的には、大学入試センター試験の後継である大学入学共通テストを活用していく予定です。現在でも、センター試験を活用している学部はもちろんたくさんありますが、例えば理工3学部では取り入れていません。理工3学部に合格する者はほぼ全員センター試験の数学で満点に近い点数を取るため、難易度が高い試験を課さなければ差をつけて選抜することが難しいからです。しかし、満点を取れる学力があれば入学後に理工3学部の授業にはついていけるそうです。
 アメリカのトップスクールに入学する人のほとんどは大学進学適性試験(SAT)が満点であるため、その基礎学力にプラスアルファ何かとがったものを持っている者が合格すると聞きました。それは論理性が優れているとか、創造性が高いとか、社会貢献度が秀でているなどの資質だそうです。つまり、どの大学のどの学部でも、一定の基礎学力があれば、その上でさらに何か突出した能力を備えている人が、大学で一層力を伸ばして、社会に貢献するのではないでしょうか。本学の場合も、学部によって基礎学力は共通テストを活用して確認しながら、個々の学部が求める人材に合わせて突出した何かを探せば良いと考えています。
 今後は、偏差値教育で培ってきたのであろう〝正解のある問題を解く力〞よりも、基礎学力がしっかりありさえすれば、そこから先は〝自分で答えのない問題に自分なりの解決策を仮説として立てて検証するというチャレンジ精神〞を備えた〝たくましい知性〞を学生に育んでもらいたいと思いますので、そういうタイプの方に多く志望してもらいたく思います。

――田中総長がいま打ち込んでいること、楽しんでいることを教えていただけますか。
 研究者、教育者、総長のそれぞれの立場で充実感を得られる時がもっとも楽しいと感じます。
 自分の専門分野である政治学の研究を深めて論文を発表し、周囲からおもしろかったとフィードバックを受けた時はとても嬉しい気持ちになります。一昨年そして昨年と、海外の大学で論文の発表をする機会に恵まれましたが、周到に準備して臨みました。著名な研究者から旧知の教授、現役の大学院生など多くの人が清聴してくれたのですが、私が想定した以上に評判が良く、「おもしろかった」と、次々に声をかけていただきました。おそらくこれまでの人生の中でも最も楽しい瞬間の一つだったと思います。
 また、教育者としては、 受講学生から「とても勉強になりました」と伝えられると嬉しく思います。そして、それ以上に嬉しいのが、社会でさまざまな形で活躍している教え子に会って、「ゼミで学んだことがいまの仕事でも役立っています」と言われることです。この言葉は、教育者冥利に尽きると感じます。
 総長就任以降では、大学改革のビジョンを示して、教職員との対話の中で多くの賛同を得られることにやりがいを感じます。個別の教職員が私の取り組んでいる大学改革に対してどのような考えを抱いているのか知るため、なるべく一人ひとりと話をしているのですが、改革の内容や理由を伝えて賛同して一緒に行動に移してもらえると、やりがいにつながっていきます。
 こう考えると、自分のプライオリティは研究―教育―大学改革となっており、ビジョンに掲げた「研究の早稲田、教育の早稲田、貢献の早稲田」と重なることに気づかされます。大学の行政を担うことは、総長という立場からの貢献だととらえていますので、この三つを柱にして、「世界で輝くWASEDA」を目指していくつもりです。

――高校生に向けてメッセージをお願いします。
 本学には多様な教職員や学生が在籍していますから、どのようなことでもやりたいと思ったことは確実にできる環境が整っています。
 私の教え子で在籍時は将棋部に所属していて、現在はプロ棋士として王座も獲得するなど活躍している人がいます。私のゼミ生でしたので卒業論文も指導しましたが、とても立派なものを書き上げて学部長賞を獲っていました。また、学問を突き詰めて研究者になっている者もいますし、大学の教員として活躍している人もたくさんいます。これらはあくまでも一つの例に過ぎませんが、学生が求めれば、それに応えられる環境が、本学には整っています。そうした環境に身を置いて、目標に向かって全力を傾けることができる素晴らしさを本学でぜひ体感してください。その意味で、高校生のみなさんは、いまのうちに何か打ち込めるものを見つけると良いと思います。
 高校生の方が、勉強において、ただ試験で点を取ることが楽しいというよりも、いま学んでいることがおもしろいと気がつけると素敵ですね。世界史でいろいろ調べたらおもしろくて仕方がないとか、国語で文章を書くことが好きだとか、もちろん数学や音楽、芸術ということもあるでしょう。大切なのは、さまざまな経験を積んで、これは楽しい、やりがいがありそうだというものを見つける「自己発見」ができることだと思います。

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