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第3回 母学歴の影響を探る

2019/05/03

連載 現代大学進学事情

第3回 母学歴の影響を探る

濱中淳子

 日本人の意識や価値観を知ることができる資料に、NHK放送文化研究所「日本人の意識」調査がある。1973年から5年ごとに実施している調査だが、その中に「中学生の子どもがいたとして、どこまでの教育を受けさせたいか」という項目がある。2013年の結果を見れば、男子の教育の場合、「大学・大学院まで」が77%、女子の場合は61%。子どもに望む学歴水準はかなり高い。
 子どもの学歴獲得への期待については、研究者も検討を重ねてきた。そして昨今、強調されているのが、子育てを担う母親の学歴の影響だ。社会学者の吉川徹氏は、四大・短大卒からなる高学歴層の母親は、子どもの学歴が自身の学歴を下回らないように、子どもの大学進学を強く希望するという。
 概ねその通りなのだろうが、こうした指摘を見る度に感じるのは、母学歴の効果はもっと複雑なのではないか、という疑問である。
 以前、小学校受験を扱った書籍の書評を担当したことがある。その際、思い立って、TBS系列のテレビドラマ『スウィート・ホーム』を見直した。受験に振り回される家族を描いた人気コメディだが、主人公の友人家族の学歴が気になった。父親は東大卒や(慶應義塾を思わせる)慶陽幼稚部からの学歴である一方で、母親には、「短大卒」ならびに「散々勉強したけれども、どこにも受からなくて、結局はコネとカネ」という学歴が設定されていたからだ。母学歴の効果に関しては、四大卒以外の学歴のほうに強く確認されるという側面があるのかもしれない。
 実際、本連載の一回目でふれた高校生の保護者(母親)調査データを分析すると、高校側と保護者側の意向が一致しない理由を母学歴に見ることもできた。
 調査では、子どもの大学進学をめぐって、「推薦入試など、安定かつ確実な方法で合格をつかみとって欲しい」かどうかを尋ねている。しばしば高校教員から聞かれる「一般入試に挑戦して欲しい」という想いと逆の考え方だが、誰が安定・確実路線を好んでいるのかを探ったところ、①女子の母親ほど、②進学中堅校や進路多様校に通う子どもの母親ほど、③短大卒の母親ほど、その傾向が強いことが分かった。なお、同じ非大卒でも、高卒や専門学校卒に特段効果は見られない。
 なるほど、子どもの大学受験を目の前にした時、母親自身が短大卒なのか、大卒なのかでは違いがあろう。両者は高学歴者という特性で一致している。けれども、短大卒の多くは四年制大学を受験した経験がなく、それがどのようなものなのか、具体的にイメージすることができないのである。未経験では不安要素ばかりが目につき、危険を回避したくなるのも無理らしからぬことではなかろうか。
 自身の学歴をベースに考えるため、子どもにも高学歴を期待する。ただし、大学受験がどれほどのものかが分からないので、できるだけ安全で確実な方法で…。考えてみれば、名門小学校への進学も、高学歴獲得のルートに早い時点で乗れるという点で安心材料をもたらすものである。『スウィート・ホーム』の設定は、かなりリアルだったと見ることもできよう。
 前回述べたように、90年代末から「無理をしない大学進学」が身近な選択肢として浸透していった。この新しい選択肢に敏感に反応しているのが、短大卒に象徴される、子どもに高学歴を望みながらも、大学受験の具体像が描けない母親たちである蓋然性は高い。ちなみに、母親世代の学歴構成を見れば、この20年間で短大卒は10%から20%に上昇している。
 大事なのは、こうした実態を踏まえた上で、どのような対応が考えられるかという点であろう。ただその議論に入る前に、次回では母親の職業経験の影響を考えることにしたい。


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