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第2回 大学入試の存在がもたらす教育効果

2019/06/19

連載 入試研究からみた大学入試

第2回 大学入試の存在がもたらす教育効果

西郡大

 約10年前のことだが、東北と東海地域の進学校の高校3年生を対象とし、大学入試に関する受け止め方についての調査を行った。これは、国公立大学の前期日程終了後かつ合格発表前という入試に対する実感が最も高まっている時期の調査であり、合否結果の影響を受けていない貴重な回答である(有効回答数917人)。受験を終えた彼らが入試に向けた受験勉強の経験をどのように捉えていたのかというと、約7割が「受験勉強の経験が将来に役立つ」と感じていた。さらに、受験勉強をやりきった群、どちらともいえない群、やりきっていない群という達成感別でみると、「やりきった群」において、その傾向が強いことが確認された。つまり、大学入試に向けて受験勉強に熱心に取り組んだ経験は、自らが肯定したい経験であると共に、将来に役立つ経験として認識されているのだ。
 では、受験経験を通して、彼らは何を修得したと考え、それらがどのような場面で醸成されたのかを考えてみたい。別の調査になるが、筆者の所属大学の学部新入生を対象に「受験勉強や受験対策を通して成長できたと感じるもの」について尋ねた(15項目から選択)。その結果、「忍耐力」「集中力」「思考力」を選択する者が多い一方で、「感謝の心」「対人関係」「協調性」を選ぶ者も少なくなかった。自分を律しながら目標に向けて集中して努力する行為が必要な受験勉強において、「忍耐力」などが選ばれるのは理解できる。しかし、個人修練的なものだけではなく、「感謝の心」などのように、人間的成長も含まれるのは興味深い。
 これは、受験勉強を見守ってくれたり、支援してくれたりした周囲への感謝の表れとも考えられるが、推薦入試やAO入試といった特別入試の拡大も影響していると思われる。学力検査を主とする一般入試と違って、特別入試では書類審査、小論文、面接試験などを組み合わせて評価する大学が多い。各高校の生徒が一斉に志望するわけではないため、受験対策は自ずと個別指導となる。指導を担当する高校教員は、小論文の添削や面接試験の指導だけではなく、生徒が志望する大学の情報収集も行う。こうした個別指導を受けた生徒たちにとって、「感謝の心」が醸成されるのは自然のことであろう。先の調査でも、推薦入試において「感謝の心」が「忍耐力」の次に多い。また、特別入試は早期に合格が決まる。早期合格者が受験を控えている生徒に配慮し、クラス全員が合格できるように自然と助け合う雰囲気を醸し出せるよう、受験を団体戦と捉えて挑む高校も少なくない。つまり、受験に向けた準備が、単なる志望校合格に向けた個人的な取り組みにとどまらず、生徒間の人間関係やクラス運営にも影響を与えているのである。これら以外にもさまざまな場面があるが割愛したい。
 大学入試がなくとも、人間的な成長を促す教育はできるという意見もあるだろう。しかし、大学入試は多くの若者が一定期間に同一の目標を目指して物事に取り組む数少ない機会である。ある高校教員は「大学入試は、現代の高校生にとっての“通過儀礼”のようなもの」と表現する。志望校合格という目標に向けて受験生が努力するという行為を現在の「通過儀礼」と捉えるならば、大学入試が持つ教育的効果について、その波及効果を焦点に議論する意義は大きいと考える。大学進学を目指す生徒の多い高校では、大学入試の存在が指導プロセスの中にしっかりと根を下ろしており、学力向上に向けた指導はもちろん、生徒の人間的成長を促す指導や支援も含まれている(当然、すべての高校が該当するわけではない)。そこでは、大学入試文化とも呼べる価値観が共有され、その中で受験勉強をやりきった生徒たちが成長を感じている。これまで言われてきたような「受験地獄」や「知識偏重」など、とかく批判の矛先が向かいがちな大学入試であるが、決して悪いことばかりではないのだ。


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