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第4回 最近の大学生は忙しい?
2020/07/27
連載 大学改革と高等教育政策
第4回 最近の大学生は忙しい?
2012年の中教審答申(「質的転換答申」と称される)以降、アクティブラーニングの普及など大学における授業方法等の改革は認められるものの、同答申が求めた学生の学習時間の確保・増大は一向に進んでいないことを前回示した。日本の学生は国際標準と比べて「勉強していない」とされる一方で、「最近の大学生は講義やアルバイトで忙しい」という声もインターネット上にはあふれている。授業外学習時間を十分に確保できないほど、日本の学生は多忙なのか。今回はこの点を国立教育政策研究所で実施した学生調査( 2016年)を用いて検証したい。
近年、標準的な日本の大学1・2年生は、1学期に12〜13科目を履修登録し、週に約20時間授業に出席している。1コマ当たりの授業時間を1・5時間(90分)と考えれば、出席率は非常に高い。授業をサボってもどうということのなかった何十年前かの学生と比べれば確かに「忙しくなった」と言えるかも知れない。それでも授業への出席時間は、高校生と比べてもむしろ少ないくらいである。
そこでしばしば指摘されるのが、「学費の高騰に伴い、生活のために長時間アルバイトをせざるを得ない学生が増加した、ゆえにいまの学生は忙しい」という説である。われわれの調査でも、学期中のアルバイト時間が週当たり「16ー20時間」以上になると、授業外学習の平均時間は減少していることが分かる(授業外学習時間の平均が7時間と全般に少ないため1時間程度の減少だが)。
ただし長時間のアルバイトが問題なのは、それが学生の出身家庭の経済的状況と関連している場合であろう。学生の家庭の世帯収入とアルバイト時間の関係を見ると、収入の下位20%層(450万円未満)では30%の学生が週に「16ー20時間」以上アルバイトに従事しているのに対して、上位20%層(1050万円以上)では25%となる。家庭の経済的状況が厳しい学生のほうがアルバイト時間は長い傾向にあるが、その差は5㌽程度にとどまっている。学習時間に影響するような長時間のアルバイトをするか否かは、経済的状況による強制よりも個人の選択によるところが大きい(もちろん経済的理由によるアルバイトが不可避な学生の存在を否定するものではない)。
ちなみに日本の学生のアルバイト時間の1週間平均は1年生でやや少なく8・6時間、2〜4年生ではいずれも約10時間である。
これを欧米の学生調査のデータと比較して見てみると、米国(NSSE、2018年)の1年生が8・9時間、EUの平均も11時間(2018年)であり、日本の学生と実はほとんど変わらない。部・サークル活動などの課外活動の時間も、日本の6・1時間に対して米国は5・8時間(いずれも1年生)であり、これまたほぼ同程度と言えるだろう。
授業外学習時間が少ないという一点を除けば、学生の生活時間は他国とさほど変わるところはないのだ。したがって、日本の学生の授業外学習時間が増えない理由を「最近の学生は忙しい」説に求めることはできない。
だからといって、日本の学生が学業に不熱心だと見るのも単純過ぎる。「必要な予習・復習をして授業にのぞんでいる」と回答した学生は10年前の類似調査に比べて28%から49%へ大きく増加した(ただし「よくあてはまる」とした学生は依然として7%に過ぎない)。
第4回 最近の大学生は忙しい?
濱中 義隆
2012年の中教審答申(「質的転換答申」と称される)以降、アクティブラーニングの普及など大学における授業方法等の改革は認められるものの、同答申が求めた学生の学習時間の確保・増大は一向に進んでいないことを前回示した。日本の学生は国際標準と比べて「勉強していない」とされる一方で、「最近の大学生は講義やアルバイトで忙しい」という声もインターネット上にはあふれている。授業外学習時間を十分に確保できないほど、日本の学生は多忙なのか。今回はこの点を国立教育政策研究所で実施した学生調査( 2016年)を用いて検証したい。
近年、標準的な日本の大学1・2年生は、1学期に12〜13科目を履修登録し、週に約20時間授業に出席している。1コマ当たりの授業時間を1・5時間(90分)と考えれば、出席率は非常に高い。授業をサボってもどうということのなかった何十年前かの学生と比べれば確かに「忙しくなった」と言えるかも知れない。それでも授業への出席時間は、高校生と比べてもむしろ少ないくらいである。
そこでしばしば指摘されるのが、「学費の高騰に伴い、生活のために長時間アルバイトをせざるを得ない学生が増加した、ゆえにいまの学生は忙しい」という説である。われわれの調査でも、学期中のアルバイト時間が週当たり「16ー20時間」以上になると、授業外学習の平均時間は減少していることが分かる(授業外学習時間の平均が7時間と全般に少ないため1時間程度の減少だが)。
ただし長時間のアルバイトが問題なのは、それが学生の出身家庭の経済的状況と関連している場合であろう。学生の家庭の世帯収入とアルバイト時間の関係を見ると、収入の下位20%層(450万円未満)では30%の学生が週に「16ー20時間」以上アルバイトに従事しているのに対して、上位20%層(1050万円以上)では25%となる。家庭の経済的状況が厳しい学生のほうがアルバイト時間は長い傾向にあるが、その差は5㌽程度にとどまっている。学習時間に影響するような長時間のアルバイトをするか否かは、経済的状況による強制よりも個人の選択によるところが大きい(もちろん経済的理由によるアルバイトが不可避な学生の存在を否定するものではない)。
ちなみに日本の学生のアルバイト時間の1週間平均は1年生でやや少なく8・6時間、2〜4年生ではいずれも約10時間である。
これを欧米の学生調査のデータと比較して見てみると、米国(NSSE、2018年)の1年生が8・9時間、EUの平均も11時間(2018年)であり、日本の学生と実はほとんど変わらない。部・サークル活動などの課外活動の時間も、日本の6・1時間に対して米国は5・8時間(いずれも1年生)であり、これまたほぼ同程度と言えるだろう。
授業外学習時間が少ないという一点を除けば、学生の生活時間は他国とさほど変わるところはないのだ。したがって、日本の学生の授業外学習時間が増えない理由を「最近の学生は忙しい」説に求めることはできない。
だからといって、日本の学生が学業に不熱心だと見るのも単純過ぎる。「必要な予習・復習をして授業にのぞんでいる」と回答した学生は10年前の類似調査に比べて28%から49%へ大きく増加した(ただし「よくあてはまる」とした学生は依然として7%に過ぎない)。
質的転換答申以降、シラバスに授業の準備学習の内容が明示されたり、課題が出されたりする機会が増加し、学生もそれに応えようと努力している。それでも、授業外学習時間にこの間全く変化が見られなかった理由は、消去法的な結論ではあるが、日本の大学教育における授業のあり方、すなわち教室での講義と自律的な学習の組み合わせがどうあるべきかについて、依然としてコンセンサスが広まっていないことに求められるだろう。
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