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第6回 高等教育の修学支援新制度

2020/10/13

連載 大学改革と高等教育政策

第6回 高等教育の修学支援新制度

濱中 義隆

 本連載の冒頭で、高等教育政策の目的として教育研究の「質」の向上、教育の機会均等のための「アクセス」の改善、社会的に適切な「規模」の高等教育機会の供給の3点が重要であり、これらをバランス良くかつ効率的に達成するための制度や資源配分が政策には求められることを述べた。これまで上記3点のうち、「質」の向上、とりわけ学士課程教育の改革について論じてきたが、今回からは「アクセス」の問題に焦点を当てたい。
 ご存知の方も多いと思うが、令和2年度より「高等教育の修学支援新制度」がスタートした。住民税非課税世帯およびそれに準ずる世帯の学生に対して、授業料・入学金の減免措置ならびに生活費への給付型奨学金を拡充することにより、家庭の経済状況によらず高等教育への進学を可能にする、というものである。対象者数が最も多いと思われる私立大学の自宅生の場合、授業料減免と給付奨学金を合わせて、年間に最大約116万円の支援を在学期間を通して継続して受けることができる(金額は非課税世帯の場合。「準ずる世帯」では3分の2または3分の1の支援額となる)。
 日本国憲法や教育基本法を持ち出すまでもなく、経済的理由など、本人の能力以外の要因によって教育を受ける機会が制約されることはあってはならないし、国および地方公共団体がそうした学生に対して奨学の措置を講じることも当然である。世帯所得によって大学進学率に大きな格差が依然として認められる以上、その是正のための手段として学生への経済的支援を拡充することは理解できる。
 ただし「新制度」が機会均等の達成にどれほど寄与するかを評価するにはしばらく時間を要するだろう。今年度に限って言えば、支援対象や額の詳細が明らかになった頃には、すでに就職することを決めていた生徒も少なくなかったはずである。制度に対する認知が高まれば、経済的理由での進学断念者は減少していくだろうが、進学・非進学の選択が高校入学以前に行われているとすれば、その解消には数年かかることになる。
 また、学力上位層、より端的に言えば国・公立大学に進学可能な程度の学力を有する者は、低所得層出身者であっても貸与奨学金や在学中のアルバイトによりこれまでも大学進学していた可能性が高い(成績上位層では所得階層による大学進学率の差は小さい)。彼らにとって「新制度」は学費負担の軽減にはなっても進路選択そのものに影響するわけではない。進路選択への影響が大きいのはむしろ学力中〜下位層ということになるが、彼らが大学ではなく、職業に必要な資格や技能の修得を求めて専門学校等を選択することもあり得るし、もちろん高校卒業時に就職を希望する者も一定数存在し続けるだろう。
 このように「新制度」の機会均等に対する効果は未知数だが、高等教育の財政構造に及ぼすインパクトが大きいことは明らかである。令和2年度は約5300億円の予算が計上されているが、この金額はこれまで家計が負担してきた授業料(大学・短大・専門学校合わせて3・5兆円)の約15%分に相当する。コロナ禍の影響で来年度以降さらに大きくなることも想定される。これだけ莫大な金額が家計による私的負担から実質的な公費負担に移行するのである。財政規模を考えれば「新制度」の対象学生の比率も同程度と想定され(今年度中にはデータが公表されるだろうが)、対象外となる中所得層との間で不公平感が生じることも懸念されている。
 こうした変化は、「高等教育の費用を誰がどのように負担すべきなのか」という議論を改めて喚起することになるだろう。そこでは「アクセス」(機会均等)の問題だけではなく、高等教育の「質」や「規模」と費用負担の関係も問わざるを得ないことになるが、新制度の導入に当たってこれらが十分に議論されたようには見えない。次回以降、この点について掘り下げたい。




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