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第4回 STEM高等教育における文理融合の可能性
2021/10/20
連載 2040年に向けての大学教育
山田 礼子
日本を含めた多くの先進産業国は、2016年以降「第4次産業革命」への対応を急いでいる。第4次産業革命の根幹とも言えるAIとビッグデータの活用により生じることが予測される産業構造の変化と、その変化が生じる社会においては、大学教育の在り方も変容すると予想される。そのため、多くの先進諸国において、STEM(Science/Technology/Engineering/Mathematics)重視志向の政策が推進されている。
日本では、人間と科学・技術が調和していくことが必要な社会が「Society5.0」と定義され、人文・社会科学の視点とSTEM分野の視点を融合させて、イノベーションにつながることが期待されている。ここには人文・社会科学とSTEM分野の融合、すなわち文理融合という概念が根本にあり、学際性という概念も外すことはできない。
STEM領域を重視する教育政策が各国で推進される中で、理工系学生を対象とする文理融合の教育プログラムが進展しつつある。例えば、日本では理工系を中心に「博士課程教育リーディングプログラム」が展開され、専門分野の枠を超えた学際性を基軸とし、人文・社会科学領域の視点を組み入れて、育成すべきコンピテンシーが具体的に掲げられている。文理融合の研究と教育が、大学院教育の改革とセットで進捗している点が特徴でもある。
このような動向に対して、Chipperfield等 (2015)は、STEM系学生のグローバル社会に対する認識力と対応力を評価する方法を提示した上で、学際的・文理融合的なプログラムを通じてこのコンピテンシーを獲得する可能性を示した。Strelner等( 2014)はグローバル社会で対応するための工学教育の効果は何かという問いを立てて、複数の大学の教育プログラムを検証した結果、グローバルな視点での研究を組み込んだ柔軟な教育プログラムの効果が高いことを提示している。HornとMurray(2012)は、社会を持続可能にしていくためには、STEMにおける専門知識だけではなく、社会・倫理・環境への意識などを学際的な教養教育を通じて身につけるべきと論じている。
加えて、教育面では実際のカリキュラム・プログラム・その効果を包括的にかつ数年にわたって検証することが不可欠だ。また、文理融合については、「芸術」の「A」を組み入れたSTEAMという用語も最近では使われる。この背景には近年、工学分野においてもデザイン教育の必要性が指摘されることがある。建築学は芸術をベースとするデザインだけではなく、構造を作り上げていく際にもデザイン思考が基盤となる。こうした点で、芸術分野でのデザイン思考をカバーする用語としても文理融合の象徴としてもSTEAMが多用されるようになってきている。
日本における文理融合の動向は、「Society5.0」の構築に大きく関わっていると同時に、持続可能性という視点での社会と科学技術との関わりも大きい。この点は、これまでの理系と文系が専門的に縦に進化し、専門性だけを追求してきた時代とは異なり、文理のさまざまな領域の研究者や教育者が参画しながら、新たな研究分野や教育を通じて、持続可能かつ人を中心とする社会を構築するということにもつながると思われる。このことは、科学や技術に人間が振り回されないイノベーションとみなすことができるのではないだろうか。
入試を意識した理系・文系という高校時代での分派が日本では長く機能してきた。今後もこの傾向は変化しないかもしれないが、理系・文系に求められる教養の再構築とも言える文理融合は、「人間中心の社会」と標榜される「Society5.0」においては看過できない。そのために大学教育をどう変革していくべきか、挑戦すべき壁は高いが普遍的な課題でもある。
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