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第1回 進路選択指導としてのキャリア教育
2022/04/19
連載 キャリア教育と高校・高等教育改革
夏目 達也
この連載では、誰にとっても不可避な課題である人生上の進路選択をめぐる問題、特にキャリア教育について多様な角度から考えてみたい。
「誰にとっても不可避な課題」というのは、高校生・中学生だけではなく、小学生や大学生、さらに教員、保護者等の成人にも当てはまる。このように書くと、違和感を覚える方がいるかもしれない。〝キャリア教育は、まずは中学校や高校の課題〞との考え方がある程度普及しているためである。しかし、少し考えれば分かるように、進路選択を迫られるのは中高生でも大人でも同じだ。この問題に無関係・無関心でいられる人は少ない。ほとんどの人は、人生の諸段階で何らかの形でこの問題に直面している。
本連載では、この点を考慮して、まず高校や大学等の教育機関におけるキャリア教育の取り組みを取り上げる。次に、就職後の社会人を対象にさまざまな場所で行われているキャリア形成の取り組み状況を紹介する。これらを踏まえて、取り組みの背景にある日本と諸外国の教育や職業をめぐる状況、関連する諸政策の内容や特徴を考える。
今日キャリア教育と呼ばれる活動は、いつ頃から始まったのだろうか。諸説あるが有力なのは、1927年に当時の文部省が、生徒の卒業後の進路選択(就職と上級学校進学)について、学校が指導=「職業指導」を行うべきことを説いたこと(文部省訓令「児童生徒ノ個性尊重及職業指導ニ関スル件」)を起点とする説である。いまから約100年前である。古いと感じるかもしれないが、教育全体の歴史から見ればまだ新しいとも言える。
ここでいう学校とは、当時の義務教育期間をカバーする小学校やその上の高等科(高等小学校)、特に後者である。つまり、義務教育後の進路選択が問題とされたのである。当時、学校が生徒の就職に関わることはごくまれであった。そもそも学校や教師の仕事とはみなされなかった。それを本来の仕事として学校が行うべきとの理解を促すのが目的であった。文部省がその見解を示したのは、経済不況による就職難への対応であり、進学に関する指導では上級学校進学競争の激化による弊害への対応であった。つまり、生徒個々の進路選択に関する悩みに寄り添うというよりも、政策的な思惑が優先しての措置であった。
戦後、義務教育年限延長に伴い、中学校がまず指導の対象となった。戦後しばらくの間日本は貧しく、中学卒業後就職する生徒が多数を占めた(50年の高校進学率は約42%)。社会に関する知識が不十分な彼らが困らないように、職業の実情や心構えを教えたり就職先を決めさせたりする指導が行われた。60年前後から高校進学率が上昇してくると、就職から高校進学へと指導の重点が移った。同時に、指導の名称も、旧来の「職業指導」から「進路指導」へ変化した。高校入試に向けた受験準備や入学志望校等の選択を中心とする指導への転換だ。一定年齢以上の人にとって進路指導のイメージは、テストの点数と入学可能性で輪切りされ、志望校の断念や然るべき高校選択を余儀なくされた苦々しいものだろう。
このような進路指導が変化するのは、2000年前後からのことである。「キャリア教育」という言葉が学校現場で次第に普及すると共に、対象となる学校や生徒・学生も拡大した。近年の特徴は、キャリア教育が大学にまで及んでいることである。就職前の最終学校が中高から大学に移っている。高等教育進学率が80%以上にもなる今日、大学等の高等教育機関やその学生こそが主要な場・対象と言える。さらに、大学卒業後に就職し職業生活が始まった後にも、指導の必要性が指摘されるようになっている。
キャリア教育の歴史を見ると、政策主導で進められてきたこと、上級学校への進学状況等に規定されて実施時期の重点が先送りにされてきたこと、対象者も義務教育から社会人までの幅広い層に拡大していることが分かる。
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