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第90回 公立大学法人国際教養大学 第3代理事長兼学長 モンテ・カセム氏

2022/04/19

不安の中でも決断・実行できるレジリエンスの高い人材を育成
公立大学法人国際教養大学 第3代理事長兼学長 モンテ・カセム氏




 平成16(2004)年に開学し、グローバル社会におけるリーダーを育成することを使命として、独自のリベラルアーツ教育を展開する国際教養大学(AIU、秋田市)。教育充実度に強みを持ち、令和3(21)年度から導入した新カリキュラムのもと、統合知と人間力のさらなる強化に努めている。昨年6月、第3代理事長兼学長に就任したモンテ・カセム氏に、新カリキュラムを通して養成を目指す人材像をはじめ、大学としての今後のビジョンなどをうかがった。




科学技術が進展・変革する時代に 判断を支えるリベラルアーツ教育
――日本に関心を持ったきっかけや、ご経歴について教えてください。
 日本に関心を持ったのは、国費外国人留学生として訪日してからです。母国のスリランカ大学の卒業試験の直前に、父が他界しました。母の面倒を見なくてはいけなくなり、就職をして生活は安定していました。ある日、母に「世界は若い時にしか見ることができない」と言われ、留学する経済的な余裕もなかったので、奨学金に応募した結果、1972(昭和47)年、日本の当時の文部省が募集する国費外国人留学生に選ばれ、母は気丈にも私を日本に送り出してくれました。
 もともと旅行が好きだった私は、日本に来て最初の夏休みに、ドイツ人の友人とヒッチハイクをして日本中を周りました。友人はいつも後部座席に座り、私は助手席に座るという構図でした。初めは、見晴らしが良く喜んでいました。しかし、助手席に座ると運転手の方と必死に慣れない日本語で会話をしなければならないことが次第に分かってきました。時にはご機嫌をうかがうことも必要です。当時は、日本語がうまく喋れませんでしたからとても疲れました。そのような散々なヒッチハイクの経験を通して何が得られたかというと、日本の地方の魅力をじわじわと味わうことができたのです。それぞれの地方の良さが分かってきたことで、専攻する学問についても、それまでの建築から地域開発や環境科学に関心が移っていきました。学生時代に日本中を旅したことで自分自身がたくましくなり、より成長することができたように思います。
 その後、民間の建設会社や国際連合地域開発センター主幹・主任研究員等を経て、立命館アジア太平洋大学(APU、大分県別府市)の学長、学校法人立命館(本部・京都市)の副総長、大学院大学至善館(東京都中央区)の学長を歴任しました。平成26年からは本学の理事となり、昨年6月1日に第3代理事長兼学長に就任しました。

――APUにおける学長などのご経験を今後どのように活かしていくお考えでしょうか?
 本学とAPUは、目指している国際人材育成の方向は基本的には同じです。ただしAPUはどちらかというと、正規留学生を受け入れることを中心に国際展開する一方、本学は交換留学をベースにして、一年間の留学を全学生に必修として義務づけています。
 この一年間の留学は、本学の初代学長の故・中嶋嶺雄先生が開学当初から学びの仕組みの一つとして設けていたものです。学生にとっては、ある意味で「必死で勉強しないと卒業することはできないよ」というメッセージになっています。
 例えば図書館の利用時間について、私が見た限りAPUでは、留学生のほうが日本人学生よりも長い。留学生の場合は、母国とは異なる日本という環境に身を置いていて、それを理解しながら勉強に励まなくてはいけないこともあり、多くの時間を費やしていたのでしょう。
 一方、本学では学びの構造として海外留学の準備をしないと大変なことになると分かっているため、学生全員が図書館を利用しています。中嶋初代学長には、一年間の留学を開学当初から義務づけ、英語で一定の成績を収めないと卒業できない厳格な仕組みにした結果として、学生がたくましく育つ道を築いていただいたと感謝しています。
 また、本学では在籍学生を交換留学の枠組みで海外に送り、代わりに相手先大学から留学生を受け入れることによって多文化共生キャンパスを創出しています。学生を送るためには、相手機関との信頼関係が不可欠です。相手機関が本学を信頼していなければ、本学の学生をていねいに預かってもらえないでしょう。同様に、本学が相手機関の学生を受け入れた時には、本学で学んだ経験から何か大事なことを身につけ、必ずたくましくなって帰ることができるようにしなくてはいけません。本学の場合、大学という組織体がその責任を負っているため、教職員全員が一生懸命努力して、この交換留学という学びのシステムを整備し、実践を可能にしているのです。

――厳しい教育カリキュラムを編成したり学修環境を整えたりする理由はどこにありますか?
 英語力があるという前提のもと、世界各国の人々とのコミュニケーション能力を高めるということは、中嶋初代学長が大変こだわりを持っていた点です。その当時、多くの方が日本人は語学が苦手だという先入観を持っていた印象がありますが、必ずしもそうであるとは限らないと示したのは、中嶋初代学長の情熱ですね。
 それを踏まえた上で、さらに付け加えるなら学生自身がより責任を持って自分を舵取りしていかなくてはいけないという気概があります。これはある意味では、古典的な父親像のように厳しくするところから、学生が伸びてくるのではないかと感じている点です。
 APUの学長時代に痛感したのは、留学生らは母国の生活環境や家族に対する責任などがプレッシャーとなって、一生懸命勉強に打ち込んでいるということでした。日本人学生たちも留学生らの姿を見て、自分も負けてはいられないという気持ちが生まれてくるのです。つまり、留学生らとの交流を通して、日本人学生の間に学びの目的意識が自然に少しずつ培われてくるのですね。
 本学の場合は、英語による少人数教育や海外留学の必修化、厳格な卒業要件など、学びの構造の中にプレッシャーが組み込まれていて、それらを満たさなければ卒業できません。これを全学を挙げて行う点が、大きな特徴です。
 つまり、本学では何か大事なものであれば、全学生がそれを味わって体験したり、ハードルを越えたりしなくてはいけないという文化があるのです。その点が、とてもAIUらしい環境であると自負しています。
 学生の立場からすると容易ではありませんが、制度として実践する大学自体も、大変な時間と労力を投入する必要があります。ただ何よりも、学びを重ねて成長する学生を見るとやはり嬉しく感じます。

――令和3年度から導入した新カリキュラムの「AILA」と、これから育成を目指す人材像について教えてください。
 人間は、己について深く内省する流れの中で、「自分の存在意義は何か」「人類は何者か」など、人類の未来について本当に根元的な問いかけをすることがあります。
 そうした時に最も大切なことの一つは、自分が理想だと感じて考えたことを実行に移すということです。その意味で、鈴木典比古前学長の時に構想され、思想と行動を統合したものが「AILA(応用国際教養教育)」という教育手法です。
 新規カリキュラムは昨年度に始めたばかりで、発展の途上にあります。学生の反応に留意しながら、教職員が制度の高度化について議論を重ねています。もちろん簡単ではありませんが、成し遂げれば日本の高等教育に貢献することができるのではないかと思っております。
 本学で就職を希望する学生の就職率が、いまでもほぼ100%(令和2年度就職決定率99・4%)であるという事実は、私たちが誉れとすることの一つです。
 しかし、技術変革や科学技術の劇的な進展によって、子どもたちの65%は、大学卒業後の2030〜40(令和12〜22)年において、いま現在存在していない職業に就くと予測されています。それほどの勢いで就職環境が変わり始めたら、従来のキャリア・ビルディングの方法では通用しません。不安の中で決断をして、その決断を責任を持って実行していくレジリエンス(回復力)の高い人材を育てなければいけないという責任を痛感しています。
 これから科学技術が変化・変容する中で、自己の存在について考えることは、決断をする時にとても大事になるでしょう。リベラルアーツ教育には、人間力を養うという視点のほかに、善に向かっていける良い人間を育成するという意味があります。しかし、AI(人工知能)のような技術変革の前では、善になるか悪になるかが紙一重です。例えば、ヒトの遺伝子を編集して希望通りの完璧な赤ん坊を生み出すような世の中を可能にするわけです。しかし、この完璧な赤ん坊が欲しいという願いが、人類にとって本当に良いものかは分かりません。
 私たちが人類として生存競争を生き残ってきたのは、一人ひとりが完璧だからではなく、お互いの欠陥を認め合って補い合おうとしたからではないでしょうか。それがリベラルアーツ教育が私たちに示唆するものだと思います。
 社会が紙一重で大変な方向に行きかねないという局面で頼りになるのは、倫理観や道徳観といったものになるでしょう。科学技術の進化に対して、倫理観や道徳観を踏まえ、どのような判断をすれば社会が良い方向に進むのかを考えることが、学生たちが未来に向かって背負っていかなければいけない課題になるはずです。
 その土台を、私たちAIUの教育探究の中で提供できたら素晴らしいのではないかと思っています。


予期しない課題に直面した時に 健全な価値観をもって解決策を導く
――新型コロナ禍で若者が異文化にふれる機会が減少しました。貴学はどのように対応されましたか?
 本学には大学の特長の一つである滞在型のキャンパスがあります。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のような感染症が拡大すると、クラスターが発生しやすいデメリットがある一方、集団管理が比較的容易な環境であるのも事実です。その状況を見ながら、迅速に判断する必要がありました。そこで、オンラインとオフラインのハイブリッド教育を採り入れ、いつでもすぐに対応を切り替えられるようにしました。それが本学が得た教訓の一つと言うことができます。
 しかしながら、滞在型の学生寮に象徴されるように、外国人留学生が入国できない状況は大変な打撃でした。実際に、学生総数の25%程度は留学生であるという前提のもと正規の学生が入学してくる大学で、その特徴が失われたのは極めて残念なことでした。
 さらに、留学生の入国制限が長く続くと、交換留学というシステムのバランスが崩れてしまいかねません。本学の最大の懸念は、信頼関係を保っている約200の提携大学との関係が崩れてしまわないかということです。
 令和3年度末から、本学の学生を再び海外派遣できるようになったのと同時に、留学生の入国受け入れが再開されました。留学生の受け入れ再開は学生の教育上はもちろん、日本の国際外交においても重要です。それは、次世代に対する投資と同義なのですから。ある意味で、次世代の国際社会に仲間を増やすことは、日本のプレゼンスを高める上で大変重要なことだと思います。
 とはいえ、オンライン教育の可能性が広がってきたのは、間違いなく新型コロナのプラス面の一つでしょう。本学のスタンスは基本は対面教育ですが、オンライン教育はやむを得ない場合、そして時差や場所を飛び越えて世界中を繋ぐ場合に優れた点を見出しています。

――学長としての展望や大学としての今後のビジョンをお示しください。
 今後、10〜15年先は激変の時代に向かうことを、社会で働く本学の卒業生たちも肌で感じるようになるでしょう。そうすると私たちは、彼らが判断する際の基盤となる学びの環境を、いまこの瞬間に提示する必要があります。それが、AILAの最も大事な意味の一つです。未来は薔薇色であるとは限りませんし、むしろ極めて困難な決断を迫られることもあるでしょう。
 しかし、確かに言えるのは、〝機械と共存する人類は何者か〞ということをいままで以上に考えないといけないということです。現在、地球上に80億人程度の人口がいるとすれば、その4・5倍の350億くらいのインテリジェントな機械が、すでに私たちの生活を支えています。AIが普及する時代には、人類とインテリジェントな機械の共存がますます進むはずです。それはいままで誰も経験していない世界であり、過去に遡っても解決策はありません。
 従って、予期しなかった問いに直面した時にどう考えるかということは、AILAの教育改革の中で培うべき力だと考えています。それは、答えが正しいか否かよりも、私たちが有する価値観が健全かどうかが問われるということです。そこにリベラルアーツ教育の真の潜在的な力があるのではないでしょうか。AILAの大きな目的の一つは、さまざまな場面でそうした己の価値観を行動として試しながら、未知の課題に直面した時に解決策を導く力を養う点だと思います。大学は、その訓練の場の一つとして位置づけています。

――高校生に向けてメッセージをお願いいたします。
 響く人生を送って欲しいと思います。高校生は若くて創造力があり、怖いもの知らずな面もあります。大人が失敗を許して指導する環境を作らなくてはいけないですね。そうでなければ、失敗を恐れて何もしなくなりますから。
 誤った決断をするより、決断をしないことのほうがもっと悪いとは、しばしば言われることですが、その通りだと思います。響く人生を自分なりに考えながら、時間を大切にして、毎日を生きていければ素晴らしいと思います。

――読者に伝えたいことを投げかけていただけますか。
 本学のより望ましい在り方をひと言で表すとすれば、地域を地球につなげたり、地球を地域に持ち運んだりするような場所になれれば良いのではないかと考えています。やはり、地球上の生物を見ていると、その多様性は凄い。ですから、それぞれの地域やコミュニティ、集落といったものの多様性をもっと学びを通じて寿ぎたいのです。そうすると、人間社会も自然とより調和していくのではないでしょうか。
 つまり、自分をよく理解して、他者に対する共感を持つということですね。他者というのは、別の文化的な背景の人間や、あるいは自然界の動物かもしれません。若者には、そのような自分以外の存在と共感を得られる人間に成長することを期待しています。





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