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第6回 大学におけるキャリア教育③専門教育と教養教育

2022/10/26

連載 キャリア教育と高校・高等教育改革

第6回 大学におけるキャリア教育③専門教育と教養教育

夏目 達也

 大学における正課授業でのキャリア教育の取り組みとして、今回は専門教育と教養教育の関係を考える。
 多くの大学は、学部ごとに入試を行うため、受験前に希望の学部や学科を決める必要がある。どの学部・学科に進むかは、在学中の勉学だけではなく、卒業後の人生にも大きく関わる。その重大な選択を高校在学中に迫られるが、じっくり考える時間的余裕は高校生には乏しい。いまは多くの大学が高大接続のために多様な活動を行い、公的・民間諸機関も大量の進路情報を提供している。そのため、大学全体や各学部・学科の教育内容等を知ることは、ひと昔前と比べて格段に容易だ。
 しかしながら、それらの情報の内容は一般的で、入学後に実際に授業を受けてみて初めて分かることも多い。自分では理解しているつもりの専門教育の内容が予想と異なる、他専攻の授業を受けて自分の学びたいことに気づくなどだ。このような場合に学部を変更できれば問題はないが、多くの場合変更は難しい。学部の収容定員が事前に決まっていること、すでに履修した専門教育の単位が変更先で認められず卒業が遅れること等、制約が大きいためだ。
 本来は、自分の能力・個性や希望を考えつつ進路をじっくり選択できるように、多分野の教育を受け、知識の幅や視野を広げることが望ましい。その多分野の教育を担うのは教養教育だ。教養教育を経て学部・学科を選択する方式にすれば、このような事態を避けられる。しかし、日本の大学の現実は、一部の大学を除き、そのようになってはいない。それには大学内の諸事情が関係している。ここでは、大学の専門教育と教養教育が複雑な関係にあること、率直に言えば専門教育と比べ教養教育が軽視されていることを指摘したい。
 大学の正課授業は、各専攻領域の専門教育と教養教育で構成される。専門教育では、多少とも狭く設定された領域で専門的知識・技能を学ぶ。教養教育では、特定の領域に限定されず、社会や人間等に関する諸事象を幅広く学ぶ。両教育とも将来の職業や生き方に関わり、キャリア教育の役割を担う。ただし、両者間でバランスを取るのは難しい。「狭く深く」と「広く浅く」の学びで、アプローチが異なり矛盾する側面もあるからだ。
 平成3年の法令・大学設置基準の改正までは、教養教育(当時は「一般教育」と呼ばれた)は人文科学・社会科学・自然科学の3領域ごとに最低履修単位数が規定されていた。改正で規定が撤廃され、各大学が開設科目や単位数を自由に設定することになった。背景には、一般教育が高校における授業の繰り返しに陥りがちで、興味を持ちにくいという多くの学生の意見があった。大学教員側からも、一般教育のあり方や実施形態に対して多くの疑問や批判があったことも無視できない。
 その後、教養教育の担当組織の解体や、教養教育の時間数削減など、多くの大学で教養教育を軽視する傾向が顕著になった。専門教育は、領域ごとに体系化され、研究との関連も明確なため、教員も比較的教えやすい。さらに社会の急速な変化を受て、専門的な知識・スキルを修得した人材に対する要求も年々高まっている。教養教育はこれらの点で課題を抱えており、大学での扱いが難しい。この事情もあり、各学部の専門教育が重視される結果を招いた。やがて専門教育に偏っているとして、弊害が各方面から指摘されるに至り、文部科学省も教養教育見直しの方針を示すようになった。これを受け、各大学は教養教育の改革に取り組んでいる。
 高い専門性を持ち社会の各分野で活躍できる人材、広い視野と批判的精神を持ち自己と社会に責任を担える人材の養成は大学の責務である。専門教育と教養教育は、大学教育の両輪として共にその責務を担う。バランスを保ちつつ、両者の内容を関連づけ深化させることが大学教育の基本であり、キャリア教育のためにも必要だ。


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