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第9回 大学院におけるキャリア教育

2023/02/20

連載 キャリア教育と高校・高等教育改革

第9回 大学院におけるキャリア教育

夏目 達也

 今回は、大学院におけるキャリア教育を考える。大学院でもキャリア教育と聞き、驚く人もいるかもしれない。大学院は高度な専門教育を行う場所であり、すでに専攻領域や進路が定まった人向けの課程というイメージがあるためだろう。実際には、大学院でもキャリア教育は行われており、かつその必要性は高まっている。
 1980年代まで、大半の学生は学士課程のみで卒業し就職していた。大学院には、研究職等の高度な知識が必要な職を目指す学生が進学した。進学希望者は限られ、大学院の定員も少なかった。理系を除き多くの学部では、大学院に進学しなくても学士課程だけで十分就職できた。
 90年代に入り、大学院の入学定員大幅増加の方針を政府が打ち出した。背景に、日本の大学院が小規模で、人口あたりの修士・博士学位取得者数が欧米諸国と比べ極めて少なく、そのため国際的に通用する高度専門人材の育成や学術研究を通じた国際貢献が不十分との判断があった。
 この方針のもと、全体として入学が容易になり、大学院在学者が急増。多様な目的・動機で大学院に進学する学生も増えた。学士課程で不本意な勉学・学生生活を送り不燃焼感が残る学生、希望する就職先が見つからず再挑戦のため大学院に進学する学生もいる。さらに、大学入試で志望大学に入れなかった人が、難関大学の大学院で思いを果たすという例もある。学士課程での専攻とは異なる領域に進む学生も珍しくなくなった。進学目的が不明瞭であるだけでなく、肝心の学力が不十分な学生も増えた。いわば大学院の大衆化の状況が生じた。
 この事態を前に、大学院は対応を迫られている。ひと言で言えばキャリア教育だ。入学後のオリエンテーションや各専攻共通内容の科目設置等で、大学院全体や各専攻領域の教育・研究の理解を促している。場合によっては、専攻領域の変更を認めること、促すことも必要になっている。
 キャリア教育は、入口段階だけではなく出口段階でも必要となる。最大の問題は就職だ。修士課程(博士前期課程)修了後、多くは就職するが、就職状況は理系と文系で大きく異なる。就職率は、理系は90%近い工学をはじめ理・農・保健の各分野が70%以上に対して、文系は社会科学・人文科学とも50%前後と低い。理・工・農・保健では技術者等の専門的職業従事の割合が高く、人社系分野では販売・事務業務従事の割合が高い。理系では就職の際に専門性が評価されるのに対して、文系はそれが不十分な実態がある。大学院生が少なくそれなりに就職できた時代と異なり、いまは就職支援が必要だ。
 さらに微妙なのが、博士後期課程だ。順調に研究成果をあげ博士学位を取得しても、就職できない院生は多い。「ポストドクター」と呼ばれるこのような人を支援するために、政府は任期付き研究員として雇用する制度を整備してきた(「ポストドクター等一万人計画」等)。
 大学院修了後の就職の見通しが立たないため、研究に必要な能力や意志が十分ありながら大学院進学をあきらめる学生も多い。修士修了者の博士課程進学率は年々低下し、平成24年3月修了者以降10%以下である。
 このことは、研究の後継者養成を困難にする。理系の研究室では、院生のマンパワーが研究に不可欠。大学院進学者の減少は研究の停滞、ひいては日本全体の研究水準の低下を招く(現に、日本の研究力低下が指摘されている)。
 状況改善に向け、研究中心の大学は院生向けの就職支援部署を設け、大学や研究機関はもちろん、民間企業への就職を促している。実際に、それを積極的に支援する民間企業もある。
 大学院修了後の進路は、文系と理系、その中でも専攻分野により事情が異なる。大学院進学に際して、安易に考えず、正確な情報をもとに確かな進路計画を立てることが必要だ。希望進路実現に院進学が必要かメリットはあるかを冷静に見極めたい。




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