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第8回 オランダ

2023/12/26

連載 教養教育の謎解き:大学のカリキュラムの普遍性と現代性

第8回 オランダ

吉田 文

 ヨーロッパの高等教育は3年制、専門教育のみを教授する場というのが「常識」だった。それは、中世大学を構成する要素であったリベラル・アーツを、大学進学教育に特化した中等教育機関に降ろすことができたからと説明されてきた。ところが、2000年前後から「常識破り」の事態が生じている。ヨーロッパでリベラル・アーツを教育するところが登場したのだ。今回はオランダのケースを見ていこう。
 オランダは、13の大学と59の上級職業学校からなる二層の高等教育システムを持つ。大学は3年制、専門学部から構成されているが、そこに「ユニバーシティ・カレッジ」という独立した小組織が設置され、リベラル・アーツの教育機関となった。嚆矢は1997年、それから現在までに9大学がユニバーシティ・カレッジを設置した。
 リベラル・アーツ教育である第一の要素は、人文・社会・自然科学にわたって幅広く学ぶその仕組みにある。一例としてアムステルダム大学のアムステルダム・ユニバーシティ・カレッジ(2009年設立)のカリキュラムを見ると、入学者は人文・社会・自然科学のいずれかを専攻とし、1年次には専攻を中心に若干の他専攻の科目、2・3年次には他専攻の科目や自由選択が増加する構造のもとで履修する。卒業要件の180単位は、専攻90単位、他専攻24単位、自由選択30単位、後述するアカデミック・コア36単位で構成される。
 第二の要素は、アカデミック・コアと称される科目群にある。アカデミック・ライティング、量的・質的研究法、論理・立論方法、地球の課題を考える科目、コミュニティ・プロジェクト等からなり、研究の基礎固めと学際的・課題解決的な学習を行う。
 第三の要素は、教員一人に対する学生8人程度の濃密な教授空間だ。学生は議論と思考とを繰り返しつつ、自らの課題を見つけていく。
 第四の要素は、全学生が寮生活を送ることである。寮生活は「隠れたカリキュラム」と言われるように、学生の成長に影響力を与えるとされ、リベラル・アーツ教育に不可欠な要素だ。
 オランダは、なぜリベラル・アーツに注目し、新たな組織を立ち上げたのか。最も大きな理由は、単一の専門しか学んでいない者は、グローバル化、流動化が進む労働市場に立ち向かうことができないという、言わば危機感である。しかし、リベラル・アーツの必要性は認識したとしても、そのための教育機関を既存の専門分化した学部の中に作ることは容易ではない。そこで、上記の要素を合わせ持つ全くの別組織として設立したのだ。さらに言えば、教授言語は英語のみであるため、オランダ以外からの入学者も多い。また、ヨーロッパの多くの大学が入学者選抜で中等教育終了試験の成績を活用する中、ユニバーシティ・カレッジは独自に英語や数学の成績要件を課しており、高い学力を持った層が集中する。
 それでは、このリベラル・アーツ教育の効果はどうだろうか。ユニバーシティ・カレッジが売りにしているのは、卒業生の大学院進学率の高さだ。卒業生の73%が大学院に進学したこと、進学先は35カ国の165大学にわたっていることを謳っている。
 ここで見た事例は、おおむね他のユニバーシティ・カレッジにも共通する。オランダの大学は、世界の大学ランキングにおいて上位に位置づけられているが、さらにその上澄みを掬ったのがユニバーシティ・カレッジなのだ。
 ところで、古典・古代に端を発するリベラル・アーツは市民層の人格形成を目的としており、その点でエリート養成を使命としていた。そう考えれば、ユニバーシティ・カレッジは、エリート養成の現代版であり、決して常識破りなどではなく、むしろリベラル・アーツの復権であると容易に理解できるだろう。さて、このリベラル・アーツの復権がイギリスではどのように生じているか、次回はそれを検討しよう。



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