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第93回 学校法人東京農業大学 理事長兼学長 江口 文陽氏

2023/12/26

多様な産業基盤を支える「農学」
学校法人東京農業大学 理事長兼学長 江口 文陽氏




 建学の精神「人物を畑に還す」と共に、教育・研究の理念「実学主義」を掲げ、「総合農学を推進する力」を持って社会の発展に寄与する人材を輩出してきた東京農業大学(東京都世田谷区)。令和3年より東京農業大学学長を務め、そして本年7月、学校法人東京農業大学理事長に就任した江口文陽氏を訪ね、研究者としての一面や今後のビジョンについて迫った。




農学の奥深さを知り 視野を広げた大学時代
――江口学長の専門分野と研究内容についてご教授ください。
 「林産化学」と「きのこ学」を専門分野としており、研究テーマは「きのこの栽培技術と機能性解析・新規木材保存剤の効力評価」というものです。
 具体的には、農業生産形態を維持しながら、きのこから成分を抽出し、機能性が高く、副作用がない食品素材や医薬品素材を開発しています。山からキノコを採取したり、野生と成分が変わらないきのこの栽培方法を確立したりすることも重要な作業です。生鮮食料品として食べる以外にもきのこ産業を広げ、生産規模や産業界そのものを現在の2倍くらいに振興させていければと考えています。きのこはもちろん、植物、動物、そして宇宙に広がる天然物の世界は無限の可能性を秘めています。若い学生のみなさんにもぜひチャレンジしていただきたい学びの分野の一つです。

――農学部林学科(現・森林総合科学科)のご出身とうかがいました。進学を決めた理由や研究者を志した理由をお聞かせください。
 研究者だったり、物事を深く追究したりするような職業に興味を持っていた高校3年次の頃、父が末期ガンと診断されました。
 その主治医から治療法の一つとして、きのこを原材料にした抗ガン剤があることを知らされ、その時にきのこが本当にガンなどの疾患に有効性を持っているのかを自分の手で調べてみたいと考えるようになったというのが、この道を志した経緯です。
 受験校を絞り込む際には、大学の偏差値や知名度ではなく、〝何を学ぶことができるのか〞という観点からまず研究室を探しました。結果、私の恩師でもある檜垣宮都先生が東京農業大学できのこなどの天然物から薬を開発する研究をしていると知り、目指すことに決めました。

――大学時代の印象に残っているエピソードをご披露ください。
 大学に入学し、檜垣先生にきのこの抗ガン剤に関する研究がしたいと伝えたところ、まずは農学の世界を学びなさいと言われたことが印象に残っています。
 実際に、大学時代はきのこの育種と栽培の研究をし、博士号の取得後にようやく興味を持っていた薬理学的な分野にも研究を広げるようになりました。
 当時は、医学的な研究に関心を持っていたのに農学を学ばないといけなくなり、そこに農学と医学の大きなギャップを感じました。しかし、いまになって振り返れば、そのギャップを解消するために「農学」という研究テーマを恩師が与えてくれたのだと考えるようになりました。農学の世界では、「種」「栽培」、そしてそこから得られる「成分」が重要です。それをしっかりと学ばなければ、どれだけ機能性を学んで薬をつくったとしても、根幹が変わってしまう可能性があるのです。農学がいかに奥深く、かつ多様な業域の基盤を支える学問であるかを学ぶことができた貴重な経験になりました。


実学主義で個性を育む 社会の発展に寄与する
――貴学の特色や学びについて教えてください。
 本学の特色の一つは、固定概念にとらわれない非常に幅広い学びを提供している点にあると自負しています。大学入試という観点から見ても、文系・理系を問わず受験が可能な学部・学科を多数用意していますし、入学後の学びのフィールドも実に多彩です。
 「農大」と聞くと、食物生産学を学ぶというイメージを持たれる方も少なくないようですが、本学では地球上にいるすべての人間、あるいは動物や植物を豊かにしていくための学問を提供していると考えています。「農学」はさまざまな学問領域の基礎であり、応用科学です。農業はもちろん、食料や環境、生命、健康、エネルギー、そして地域創生に至るまで幅広く学問を追究していくダイナミズムがあります。

――今後のビジョンをお示しください。
 初代学長である横井時敬の「稲のことは稲にきけ、農業のことは農民にきけ」という言葉にあるように、本学では実学主義を掲げた教育を行っています。
 私はこの実学主義という言葉について、学生が100人いれば100通りの捉え方があると考えています。学校法人東京農業大学という学園で学ぶすべての学生、生徒、児童には、それぞれ学びに対する多様な考え方を持っていただき、本学園全体で一人ひとりの個性や多様性を大切に育んでいきたいのです。
 多様な考えを持つ学生と共にさまざまなディスカッションを積み重ねていき、日本や世界の科学技術、自然環境を持続可能なものへと導きます。実学主義を重んじる大学の一つとして、現代社会の課題に果敢に挑むことのできる人材の育成や学生の挑戦を下支えし、社会の発展に寄与する大学になるというのが本学の目指すべき姿でしょう。

――貴学で学ぶ学生に何を期待しますか?
 「できる限りやれるところまでやる」ということを心がけていただきたいと思います。出る杭は打たれるかもしれませんが、出過ぎた杭は打たれなくなるわけですから、自分で自分の価値を決めつけてしまったり、余力があるのに断念したりせず、自分を信じて物事に取り組み、大きく羽ばたいて欲しいと思います。
 一方、心の疲れを感じた時は、遠慮することなく休息を取ることも重要ではないでしょうか。自分の心が豊かで、身体が健康であるということが最も大切です。適度な休息を取り、万全な状態になったならば、やれるところまでやって汗と知恵を出してください。
 また、自分の発言が相手にどのような影響を与えるのかを考えること、つまり思いやりの心も大切にしていただきたいと思います。
 自分に対する厳しさ、そして人に対する優しさを持ち、弱き者と向き合いながら互いに高め合っていくというような人材教育を本学は行っていきたいと思いますし、そうした姿勢を学生たちに求めています。スキルを持ちながら心ある人間に成長していただくことを願っています。

――高校教員のみなさんに投げかけをお願いします。
 いまの高校生はさまざまな情報を入手できる環境に置かれ、私たち教育する側よりはるかに高い情報収集能力を持っていることがごく普通になりました。また、そうした環境の中でキャリアデザインをしていかなければなりません。
 本学をはじめ、各大学では、オープンキャンパスや大学説明会、模擬授業などを開催していますので、高校の先生方にもぜひキャンパスに足を運んでいただき、直接見たり聞いたりした大学の動きや魅力を生徒のみなさんにお伝えいただければ嬉しく思います。
 また、文系・理系という進路選択に悩んでしまう生徒がいるという話をしばしば耳にします。しかし、社会に出ると、この文系・理系という枠組みを感じなくなる方も多いのはないでしょうか。理系の大学だとしても、英語で論文を書いたり、文章の記述や校正をしたりする力が必要ですし、文系の大学では情報を収集して統計的な解析や経済的な解析を行い、難しいロジックを組み立てていくことが求められます。
 文系・理系という枠組みではなく、高校や大学からオールマイティーに学んでいける人材教育もいまの日本で必要とされるものの一つなのかもしれません。その意味では、本学の学びの基盤である農学教育は非常に幅広く、融合的・網羅的に文理双方の知識や技術を習得できるように設計されていますので、私たちはそうした学びの魅力を強い発信力で伝えていきたいと思います。

――全国の高校生にメッセージをお願いします。
 高校生が持っている能力というのは、無限大だと思います。その無限大を伸ばしていくためには、小さな尺度で考えるのではなく、広い視野で自分を信じ、時に保護者やご家族、先生方の意見に耳を傾ける姿勢が必要になるでしょう。長い人生を生き抜いていくためには、自分の考えを持つことが非常に重要です。自分を信じ、自分の思いを大切にしてください。
 そして、机上にとどまるのではなく、ぜひさまざまな体験をしていただきたいとも思います。その体験から何が得られたのか、そして何がしたくなったのかを考え、その気づきから夢や野望を持ってください。野望とは、夢以上に強く志を持つということです。その野望の実現に向けて「自分は頑張るんだ」という強い意思を持ち、その達成に必要なことを日々考えてみてください。







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