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第9回 英国

2024/02/21

連載 教養教育の謎解き:大学のカリキュラムの普遍性と現代性

第9回 英国

吉田 文

 3年制の専門教育という欧州の高等教育の常識を覆しているもう一つの事例として英国を挙げたい。英国の大学でのリベラル・アーツ・プログラムの嚆矢(こうし)は、ロンドン大学の傘下のユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)が2012年に設置したリベラル・アーツ・アンド・サイエンシズ学科である。国内ではちょっとしたニュースだった。なぜなら英国の大学はシングル・コースと称される、特定の専門分野を深く掘り下げる教育を行ってきた中、UCLのような卓越性を誇る大学が伝統に逆らうようなことを始めたからだ。加えて、UCLでは従来の3年制のプログラムにとどまらず、1年間の留学を含んだ4年制のプログラムも設置した。いずれもが賭けであった。それから10年余。この学士課程プログラムは発展し、21年には修士課程を設けるに至った。
 UCLを皮切りに、リベラル・アーツの学士号を授与する課程が設置されていった。それがどの程度の広がりを持つのか、全貌を明確に把握することは容易ではない。ただ、いくつかのデータをつないでスケッチをすることはできる。まず、スタディ・ポータルズという大学教育プログラムを紹介するポータルサイトからは、英国には1万6000を超える学士課程プログラムがあり、そのうちリベラル・アーツと分類されるものは274あることが分かる。ここには学士号の名称がリベラル・アーツでないもの、例えば音楽、演劇などが含まれる。そこでリベラル・アーツの名称を含むもののみを取り出すと42となる。極めてマイナーな学士号である。しかし、英国の大学約160校のうち、30校ほどがリベラル・アーツのプログラムを設置しており、そのうち約10校が、24校で構成されるラッセル・グループ(研究大学のグループ)のメンバーだ。従って、英国では威信の高い大学を中心に、リベラル・アーツ教育が行われていると見ることができる。
 では、英国のリベラル・アーツ教育の特徴を、バーミンガム大学のそれを例にとって見てみよう。学生は入学後に専攻を決めるが、複数専攻、途中での変更、専攻を決めないという選択も可能だ。専攻を一つ選択した場合、それに関する履修は3分の1から2分の1程度で、それ以外はかなり自由な選択で専攻以外のコースを履修する。必修は、1〜2年次に各1コース(1学年で必要な単位の6分の1)、方法論に関する学修のみだ。自身の興味関心を第一にして自由に学修を組み立てる、これがリベラル・アーツ学科の最大の特徴である。
 さらに、3年次の1年間の留学と、コミュニティやNPOなどでのプロジェクト・ベースの学修があることが特徴だ。理論と実践の架け橋となることを目的とし、教室での学修にとどまらず、現場に出ることを重視する。
 このようにして、創造性、批判的思考力、問題解決能力などが培われ、その結果、職業選択の幅は広がり、転職も容易になると大学は強調する。教育の成果を専門的な知識やスキルではなく能力の獲得とする点は、特定の職業と結びついた教育でないことが不利と受け止められがちであることを逆手にとった売りの論理といって良いだろう。そして、卒業生のネットワークの構築に力を入れつつ、教育成果の当面の証明は、大学院への進学率の高さだ。このあたりは、前回のオランダのアピールと同様であり、リベラル・アーツ教育の有効性は労働市場に委ねられている。
 このように英国とオランダのリベラル・アーツ教育の理念は類似性が高いものの、組織構造は大きく異なる。ユニバーシティ・カレッジという独立組織を新設したオランダに対し、英国は既存学部、それも多くは人文系の学部にリベラル・アーツ学科を新設した。そのため、サイエンスを含むことが容易ではない。アーツ中心の英国と、サイエンスも含むオランダとで、何が異なってくるのか。その回答を得るためにはもう少々の時間が必要だ。



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