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第5回 「国立大学授業料値上げ検討」問題に際して②
2024/10/11
連載 高校生のための大学四方山話
第5回 「国立大学授業料値上げ検討」問題に際して②
村澤 昌崇
東京大学における授業料値上げの検討が明るみに出て以降、他の国立大学でも値上げ検討が表明され、それらに反発した批判や学生主導による反対署名が展開されるなど、大学環境は俄にわかに騒がしくなった。批判の中核は、大学進学の機会均等の弱体化と経済格差助長への懸念という伝統的な論点だ。しかし、見方を変えると、値上げを断行できるほどの付加価値を大学教育や各種サービスを通じて提供できるのか、ひいてはこれまでの大学教育・サービスは授業料相応だったのかを問われる余地があるように思われる。
よく引き合いに出される米国の高等教育は、授業料が全般的に高額であり州立大学で年額平均100万円程度(州市民対象)、私立大学だと400 〜600万円もかかる。若干余談になるが、こうした米国大学の授業料の高さは、留学生が授業料の安い日本の(国立)大学に来るインセンティブになっているようではある。このように他国の大学との素朴な比較をすると、日本の国立大も少々授業料を値上げしても良いような錯覚を覚えるが、歴史も文化も価値観も同じとは言えない他国の大学との安易な比較は慎んだほうが良いだろう。そこで今回は、日本の大学生が大学教育にどの程度の価値を見い出しているのか、授業料を支払うだけの価値を見い出しているのかについて、アンケート調査をもとに探っていくことにする。
用いるデータは、進学情報大手による「大学生のライフスタイル調査」である。この調査には当方をはじめとする広島大学高等教育研究開発センターOBが内容の監修に加わり、2020(令和2)年度調査(2022[令和4]年春卒業予定の大学生・大学院生対象)から「あなたが大学教育を受けた結果、大学教育の価値は何円の価値があると思いますか。年間授業料を基準にして、それより価値が高いか低いか回答し、さらに年間授業料との差額を入力してください」という問いを設けた(この項目は愛媛大学の中尾走特定講師の発案による)。この問いの集計結果を設置者別に見ると、大学教育の価値が授業料と同等か授業料以上の価値があると答えた学生は、国立大では令和2〜5年度で、順に64・2%、66・9%、72・7%、77・0%だった。4年間で13㌽近くも数値が上昇しているのは、おそらく新型コロナ禍に関わる諸制約が解除され、大学本来の活動へと回帰しつつあることに起因すると推測される。ちなみに公立大では62・6%、67・1%、65・4%、72・7%、私立大では40・7%、42・4%、52・0%、59・2%だった。
さらに令和5年度の国立大の学生に絞り、大学教育の価値と授業料との差額の分析を行った。分析結果によると、授業料と大学教育が等価であると答えた学生は65%、差額がプラス10万円までは6%、プラス50万円までは4%、プラス100万円までは3%、プラス100万円を超えるとした学生は1%だった。他方、差額がマイナス10万円までと答えた学生は11%、マイナス50万円までは10%、マイナス100万円までは1%、マイナス100万円よりも下回ると答えた学生は0%だった。つまり、国立大の在学生の65%は、現在の年間授業料50〜60万円を大学教育の適正価格であると感じていることになる。もちろん以上の結果は、大学の規模や学部構成、歴史や序列に応じて変動しうる点には留意が必要ではある。なお、本分析については『教育学術新聞』8月発行号の林川友貴氏の寄稿も合わせて参照されたい。
ところで、中央教育審議会において伊藤公平・慶應義塾大学塾長が国立大の授業料を150万円まで引き上げるべきだと発言して波紋を呼んでいる。しかしながら、以上の分析結果からも、公共性の高い国立大の授業料が完全市場で取引されるわけではないものの、150万円という設定は、需要=学生の声を無視した、市場での取引としては成立しえない無謀な主張のように思える。
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