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第1回 進路選択をめぐる、もう一つの見方
2026/06/13
連載 進路は、日々の選択でつくられる
第1回 進路選択をめぐる、もう一つの見方
立石 慎治
進路選択という言葉には一度決めたら取り返しのつかない重い決断のような響きがある。確かに、高校生は文理選択や選択履修の科目選び、志望校・学部選びなど、今後を左右する選択をいくつも迫られる。そのたびに、その選択によってその後の可能性が狭まってしまったと感じる人もいることだろう。進路は一度決めてしまったら、もうそれですべてが決まってしまうものなのだろうか。
もちろん、進路選択は軽いものではないだろう。どの学校や学部に進むかによって、学べる内容や出会う人、日々の環境は変わってくる。しかし、進路選択を「正しい答えを毎回当て続けないといけない重いもの」だと考えてしまうと、進路に関する希望が定まらないことまで失敗かのように感じられてしまわないだろうか。「やりたいことが分からない」「気持ちが変わったらどうしよう」という不安は、進路選択を「取り返しがつかない、一度きりの決定」のように捉え過ぎることからも生まれ得る。
私は、進路選択を一度きりの決定としてではなく、日々の学びと小さな選択の積み重ねとして考えたい。進路を意識するのは、希望調査の用紙を書く時や面談の時かもしれないが、進路が作られるのはもっと日常的な出来事だ。授業でおもしろいと思ったこと、探究で十分に説明できなかった問い、インターネットやニュースで気になった出来事、オープンキャンパスやインターンシップで感じた手応えや違和感。そうした小さな経験の中に、実は自分が何を大切にしていて、どこに手応えを感じ、何をもう少し学びたいのかを考える手がかりがある。
このことは、キャリア教育の調査結果からも見えてくる。国立教育政策研究所の『令和7年度キャリア教育に関する総合的研究第一次報告書』では、学習について見通したり振り返ったりして将来の生き方を考えるためのツールである「キャリア・パスポート」を活用した授業を受けたことがある高校生の83・0%が、教科・科目で学んでいることと自分の将来や在り方生き方を結びつけて考えられたと答えている。
ただし、欄を埋めるだけで学びと将来が結びつくわけではない。いまの学びを少し先の自分の生き方と結びつける姿勢が必要だ。大学見学、社会人講話、探究活動も、経験しただけではあなたにとっての意味は生まれてこない。何に心が動いたのか、何が自分には合わないと感じたのかを言葉にすることが大切だ。これは他人が決して代わってくれない。自分の人生にとっての意味を見つける作業にほかならないからだ。
そのために、記録を残しておくと後々役に立つ。あとから読み返して、「なぜその時そう思ったのか」「いまは何が変わったのか」を確かめられる。記録は、将来の自分のために残す手がかりでもある。違和感や迷いですら、役に立つことがあるだろう。
探究も、志望理由書を書くための活動ではもったいない。たとえ地味に見えるテーマでも、自分が引っかかり続けていることに取り組むなら意味がある。まして、単にやっているだけではなおさらもったいない。当たり前だが、大学に入った後にも進路は続く。考えもなしに選んだのなら失敗かもしれないが、学んだことで高校生だった自分には思い描けなかったことに興味が湧いたのなら、むしろそれは学びの成果とも言えるはずだ。
進路指導で考えたいのは、生徒が、自分の選択理由をどのように語れるようになったかだ。「何に引っかかったのか」「どの経験が判断材料になったのか」「何をもう少し知りたいのか」。進学先や就職先が決まることも大事だが、それだけを重視しすぎない視点も必要である。
本連載では、進路を「決めるもの」としてだけではなく、「日々つくりあげていくもの」として考えていきたい。続く回で、読者のみなさんと「私たちの進路」観を作り上げていけると幸いだ。
