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矢野 眞和(やの まさかず)工学博士。専門は高等教育政策、社会工学、教育経済学。著書に『大学改革の海図』(玉川大学出版部)など多数。

第8回 「学び習慣」は生涯の資本である

2008/12/01

 大学が教育熱心になり始めたのは、とてもいいことだが、まだ十分だとはいえないし、改善する努力を重ねなければならない。相変わらず遊びほうけている学生がいるのも事実。せっかくの学習機会を自ら放棄するのは、その後の人生を誤らせる。ところが、先輩たちの大学思い出話は、楽しく遊んだことのおしゃべりが多い。

 「大学で学んだことが職場で役に立ったという実感はないし、勉強よりも、生涯の友ができたことや、サークル活動で学んだことが有意義だった」

 そんな先輩たちの話を耳にしている学生が、勉強熱心にならないのは致し方のないことだとも思う。

 しかし、変化する時代に生きるサラリーマンにとっては、日々の学びが欠かせない。学校の卒業は、学びの終わりではない。先輩の声は注意深く聞かないといけない。何よりも、その先輩が、日々の学習、例えば、読書をどの程度しているかを確認した方がいい。学びをすっかり忘れている先輩の話なら、聞く耳持たぬがいい。時代の変化についていけていない先輩だと想像できるからだ。もし、勉強している先輩なら、大学時代に遊んでいたというおしゃべりは、まゆつばだ。そんな話をうのみにして、自分も遊ぼうと決断してはいけない。損をするのは自分だから。

 「勉強しなさい」と学生にお説教するよりも大事なのは、大学時代の学習が卒業後も役に立つ証拠を示すことだ。そう考えて、同窓会名簿を母集団にして、五つの大学の卒業生調査を重ねてきた。その内容は、次の三つの柱から構成されている。①大学時代に学習や読書にどれだけ熱心に取り組んだか、各種の知識・能\力をどの程度身に付けたか。②職場での仕事・学習・読書にどれだけ熱心に取り組んでいるか、そして現在身に付けている知識・能力の程度。③現在の「所得」「職位」「仕事満足」などの項目。

 過去の記憶と自己評価による調査項目だから、客観的な指標だとはいえないが、「大学時代の経験」と「現在の仕事」の「関係」をみる上で有効だと考えた。大学時代に熱心に勉強した人ほど現在の所得が高いか、あるいは、サークル活動に熱心な人ほど所得が高いか。笑ってはいけない。これらも一つの大事な「関係」だ。こうした関係を真摯にかつ丁寧に追跡する研究がなければいけない。そうした証拠を持たぬままに、個人の思い入れによる精神論を語るから、日本の教育の話はいつも混乱する。

 調査結果の一部を2回に分けて紹介しておこう。まずは、「大学時代の読書」と「現在の読書」と「現在の所得」の三者関係。読書に熱心に取り組んだ程度を読書得点として数値化した。統計的に分析すると、所得に与える効果は、大学時代の読書得点よりも現在の読書得点が大きい。大学時代の読書はあまり効果がないように見えるが、忘れてはいけないのは、現在読書している人は大学時代も読書していたという強い関係だ。大学時代に本を読まない人は現在も読まない。一つの集計結果を示すと図のようになる。所得を高いグループと低いグループに二分。読書得点の高低も二つに分けて、大学時代と現在の高低による四分類を作成し、それぞれのタイプの中で、高所得グループに入る人の割合を示した。高所得に入る割合が最も高い(61・4%)のは、大学時代に読書をして現在も読書しているグループ。逆に、最も少ない(45・3%)のは、両方とも読書をしていないグループだ。二番目に所得が高いのは、大学時代の読書得点が低いけれども、現在の読書得点が高いグループ。読書するサラリーマンは、時代の変化に適応する力を身に付けている。

 ここでも重要なのは、大学時代の読書経験だ。大学時代の読書得点が高かった人の73%は、現在も高いグループに推移する。逆に、読書得点が低かった人の55%は、現在も低い層に滞留している。

 先輩のおしゃべりは、注意深く聞かないといけない。読書をしている先輩かどうかを見分けないと判断を誤る。読書だけではない。大学教育に熱心に取り組んだかどうかも、同じような効用をもっている。学校時代に学ぶ習慣を身に付ければ、それが生涯の資本になる。入社してから勉強を始めるのはかなり難しいのだ。私たちの調査結果が語っていることの全体は、そういうことだ。

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