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矢野 眞和(やの まさかず)工学博士。専門は高等教育政策、社会工学、教育経済学。著書に『大学改革の海図』(玉川大学出版部)など多数。

第9回 どの大学でも共通する「学び習慣」

2009/01/01

 連載⑥で指摘した大学政策の三段跳びを確認しておこう。ホップは、進学の機会を平等化すること。ステップが、入学後の教育の質と学力向上。そして、ジャンプが教育の成果と雇用の関係を良好にすること。大学教育は、雇用の機会を広げ、所得や仕事の充足感を高めるものでなければならない。この三段階の問題を解決するのが大学政策の要諦だ。


 前回は、ジャンプ段階の話を「読書経験」から紹介した。大学時代の読書経験が、職場での読書量を大きくさせ、その結果、所得も高くなる。学生時代の学び→サラリーマンの学び→所得の向上。このルートの存在を「学び習慣」という言葉を用いて強調した。ところが、わが国の教育界は、教育と所得に結びつける発想を否定してきた。そのような考えが教育を悪くする、というのだ。教育は、お金に換えられないほどに崇高だと神聖視されている。


 それ自体、悪い信念ではないが、神聖視しすぎて、「教育と所得は関係ない」という話までまかり通ってしまう。学歴や学校歴(出身校)と所得が関係あるように見えるのは、教育の成果ではなく、学歴が本人の潜在能力を示す記号になっているからだとする説がある。学歴は、人を選抜し、ふるい分ける装置にすぎないとするシグナル理論だ。教育と経済の関係を忌み嫌う日本社会は、このシグナル理論に反論する証拠をもっていない。反論できないために、この理論を暗黙にサポートしてしまう。大学教育が本当に役に立たないなら、先進諸国の大学進学率が50%を上回るまで拡大するわけがない。所得の向上が、仕事の満足度も高め、雇用の安定をもたらす。雇用の安定なくして、社会の安定はない。それが現実の社会なのだ。


 私たちが卒業生調査を実施してきたのは、所得や仕事満足に与えるさまざまな要因を探り、大学教育と雇用の関係を目に見えるようにしたかったからだ。アンケート調査の項目には、読書経験だけでなく、「一般教育および専門教育にどれだけ熱心に取り組んだか(学習への熱心度)」「基礎知識・専門知識・語学力・対人関係能力・プレゼンテーション能\\\力などがどれほど身についてか(知識・能力の獲得)」を組み込んだ。学習への熱心度や卒業時の知識能\\\力の獲得が、所得に影響を与えているか、否かを検証したいと考えた。


 ところが、単純な統計分析(重回帰分析)を行うと寂しい結果になる。所得に与える効果が大きいのは、年齢と学校歴(出身大学の差異)だった。学習への熱心度は、まったく影響を与えていない。卒業時の知識能力の獲得は、無関係だといえないが、それほど強い関係ではない。


 シグナル理論、つまり「大学教育空洞説」が正しそうな結果になる。大学時代の勉強よりも、「会社の企業規模」や「職場における現在の知識能力の獲得」が大事だという結果にもなった。「わが社は、大学で何を学んだかを期待していない。それよりも、バイタリティーが大事だ。会社に入ってからの職場訓練によって、人を育てています」。しばしば語られる企業人事課の言葉が正しいかのような結果になる。


 しかし、分析をここで終えてしまってはいけない。重回帰分析は、所得に与える直接効果を測定する方法だ。間接的な効果を無視している。複雑に影響し合った因果関係を、丁寧に追跡しなくてはいけない。その間接効果の影響を読み解くために、パス解析という方法を用いた。その結果によると図のようになる。図の実線は、統計的に有意な効果(太い実線ほど効果が大きい)。点線は、影響がないか、あるいは弱い関係。


 職場で獲得した「現在の知識能力」が、所得に有意な効果をもたらしている(現在の読書と同じだ)。ここで大事なのは、「現在の知識能\\\力」に最も強い影響を与えているのが「卒業時の知識能力」だということ(大学時代の読書効果と同じ)。さらに大事なのは、卒業時の知識能\\\力は、一般教育・専門教育・研究室教育の熱心度から影響を受けていること。学習に熱心に取り組むことは、将来の所得に直接的な効果をもたらさないが、サラリーマンになってからの学習をサポートし、間接的な波及効果をもたらす。


 そして、最後に最も大事なこと。図のような因果関係は、五つの大学で別々に分析しても同じ結果になる。偏差値の高い大学であるか否かにかかわらず、学び習慣の効用は同じ構図になっている。どこの大学に進学しようとも、学生時代に学ぶ習慣を身に付けることが、生涯の財産だ。

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