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第47回 武蔵野美術大学 甲田洋二学長

2009/06/01

甲田 洋二(こうだ ようじ)
1939年長野県生まれ。武蔵野美術学校西洋画科卒業。専門分野は絵画制作。自宅至近距離に作られた高速道路(圏央道)の建設初期から完成、そして今後に向けて、私的な空間にもたらされる諸問題を造形化し、普遍化への試みを続けている。2004~2009年銀座・シロタ画廊、青梅美術館、上田創造館などにて企画個展開催

 






「在野精神」を背骨に持つ人材を養成

 

 「ムサビ」の略称で親しまれ、2009年10月には80周年を迎える武蔵野美術大学(東京都小平市)。甲田洋二学長にお話を伺った。
(インタビューは4月14日)

 

-1929年に創立し、今年80周年を迎える感想は?
 80周年という節目の年にあたって、私がこのような立場にいるということは不思議な縁を感じます。振り返ってみますと、1929年というのはウォール街から始まった世界恐慌の年でした。本学はその年に、先達によって帝国美術学校として創立されましたが、決して財力に恵まれていたわけではありません。官に頼らない自律的な美術教育の場を若者たちにもたらそうと、「在野」という質実で自由な精神を背骨に持ち、設立に至りました。

-記念事業などの予定は?
 もろもろの企画がありますし、一部はすでに進行しております。記念事業の大きな柱である建築事業については、アトリエ棟の2号館、民俗資料室を中心とした13号館が竣工し、美術資料図書館新棟の着工も4月より始まっています。来春に完成後、旧棟を美術館機能を重点に、改修に入ります。それらがハードの部分での80周年記念事業です。
 ソフトの部分では、卒業後、海外の大学院に進学を希望する学生や、大学院修士課程の学生に対する奨励奨学金制度を創設します。文化事業では、すでに2度実施した東京都美術館における大学院修了制作展のほか、権鎮圭(クォン・ジンキュウ)という韓国の彫刻家の回顧展を10月に、本学と東京国立近代美術館双方にて開催します。彼は、戦後まもなく本学に留学し、帰国後、有識者の中では韓国の近代彫刻の祖としての高い評価を受けておりますが、なかなか社会的な評価が得られないでおりました。この回顧展を開催することで、彼の韓国での社会的地位も確立するものと、多くの関係者も期待している企画です。
 そのほか、本学教員を中心とした作家による記念展や、先ごろオープンした本学が運営する東京・馬喰町の「ギャラリーαM」での記念展などを計画しています。
 また、さらなる国際化という大きなテーマを掲げた企画として、私どもが連携を持っている海外の大学から学長や総長、そして都内の美術系大学の学長に参加いただく「世界美術大学学長サミット」と、新たなる高度デザイン教育の重要性と可能性について討議する国際デザインシンポジウムを、10月30日11月1日に開催する予定です。

-どんなサミットになる?
 近年の教育行政は、初等中等教育の芸術教育を軽視する風潮があり、これは非常に大きな問題と思っております。オーバーな表現かも知れませんが、将来の日本の文化がどうなるのか憂うところまでいく問題です。人々が積み上げてきた絵画の領域、彫刻の領域、デザインの領域を通して、今後の可能\\性を示していきたいと考えています。
 
-海外では、貧しい国でありながらも文化や芸術などへの投資は惜しまないような国もある。
 戦後、経済優先を第一にして経済成長し、これだけ便利で、快適な社会となり大きな成果をもたらしたことは事実です。そして、この国の質として二者択一論により、芸術、文化がやや後に追いやられたのも事実でしょう。しかし、地球規模の環境問題の深刻化という、大きなマイナス面が表面化してきました。
 今日の危機を回避するには、現実社会の価値観に追従するだけではなく、より根元的なものに立ち返らないといけないと思います。私たち一人ひとりがもっと自己と深く対話することによって、初めてそのことが可能になるのではないでしょうか。

対話から生まれる「美の力」

-日本の将来を考えれば、それも一つの投資として柔軟に考えてもいい。
 造形活動においては、すでにある答えを見つけ出すのではなく、自分は何を見ているのか、何を表現したいのか、自分自身と深く対話し、自分自身で答えを見つけ出していかなければなりません。こうした絶え間ない作業を通じて、はじめて他者に対する深い理解と尊敬の念が養われるのではないでしょうか。すなわち「広義の愛」が育まれていくのです。それを私は「美の力」と呼び、そこに未来への大きな可能\\性を見出したいと思います。
 毎年1000人以上の卒業生がおりますが、全員がデザイナー、画家、彫刻家になるとは思っていません。けれども、答えが簡単に出ない、ゼロからものを作り出すということを経験した人間が世の中に出ていくことが大事なことなのです。
-一般的な大学では、他人との違いがテストの得点で評価される。
 美術系の大学では、作品が良いか悪いか、うまいか下手か一目瞭然なのです。ウソの領分が少なくなるでしょう。努力を裏付けにした形があると思います。
 カッコイイことを言っても、通用しない部分もあるわけです。他人の本当の力量を感じ取れる。そういう環境で自分を鍛えられるのは貴重なことと思います。

-武蔵野美術大は在野精神がまだあるという印象?
 もちろん、卒業生をはじめいろいろな方がいらして、武蔵野美術大を作り上げているわけですから、そういう在野的な要素はまだ残っています。
 しかし、冒頭でも申し上げましたが、現実の社会状況では、すでに「在野」そのものが死語状態になっております。本学の社会的ポジションを考えましても、本来の在野精神とは随分と変わってきております。
 4年間の大学生活で、それなりにたくましい人間になってきますが、12年次の導入部分で、精神面のケアなど、以前にはない努力を教職員はしていると思います。美大では考えられなかったような学生の層がいくらか目に付くようになりました。多様な人たちが集まってきたということでしょう。

-美術や音楽を学ぶという教育機関の社会的使命とは?
 ここは難しい問題ですが、デザインや建築は、社会と密接につながっている分野です。密接につながるからこそ、4年間大学にいるときに、忘れてはいけないのは、スキルをどんどん上げるだけではなくて、ものを作り出すということから生ずる、人間が本来持っているもの、もっと言えば、人間愛、そうしたものを自分に積み上げていくことです。たとえ同じ建築事務所に入ったとしても、工学部系の人とは違った形での社会参加ができるはずです。
 
-卒業後の学生の進路は?
 ファインアート系の学生に関しては、約6割7割が卒業後も制作活動を続けていきます。
 建築、映像も含めてのデザイン系の学生の78割は、就職を希望します。
 就職希望者の約9割が就職を卒業段階で決めています。日本画や彫刻など、ファインアート系の学生でも、普通に就職活動した人は、卒業段階で就職が決まっている人がほとんどです。
 
-キャリア支援は?
 3年生から卒業までの約2年間、就職に関するガイダンスを行い、全体、学科別、個人面談などを通じて、就職活動をサポートします。美術系大学では、一番と自負していいくらい手厚く行っています。

さらなる教育・研究環境の充実

-インターンや、産学連携などが盛んと聞くが?
 インターンシップをはじめ、さまざまな企業とコラボレートしています。
 2001年に「研究支援センター」が設置され、それまで個々の活動にとどまっていた産官学連携を全学的に推進する体制を整えました。いわゆるメーカーを中心に、相当数の企業と提携し、共同で商品開発やデザイン開発などをしており、学生の実践力を養うとともに、幅広い視野を培う機会となっています。
 
-さらなる発展に向けての構想などは?
 先ほど申しあげましたが、4月より、美術資料図書館新棟の建設に着工しています。もともと本学の図書館は、美術系大学の中では群を抜いて、質・量ともに高いレベルの美術・民俗資料や蔵書を持っています。昨年度、文科省より「私立大学戦略的研究基盤形成事業」なる研究資金を獲得し、それらの活用を含めて、教育環境、研究環境をさらに整えて参ります。
 もう一つは、大学院や学部におけるデザインや建築、情報系分野のさらなる充実が挙げられます。
 新しい展開として、共同工房での学生の交流や、教員同士のさらなる交流の促進などを積極的に行いたいと考えています。今後、それらを実現できるような基盤を作っていきたいと思います。
 
-高校の先生に対してのメッセージがあれば。
 美術系の大学は、数から言えば特殊な大学です。デザイン系は別として、現代の成果主義の時代の中で、将来の保証が必ずしもあるとは言えないファインアート系を目指す若者に感動を覚えます。
 現実の社会は、競争的で、いくたびかはじき出されたり、挫折したりするのでしょう。それでも、在野的な精神を忘れないでいてくれるような人を本学では育てていきたいと思います。

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