トップページ > 大学ノート > 【第62号】

前の記事 | 次の記事

【第62号】

2009/06/01

先日、かつて「ミスター文科省」と呼ばれた寺脇研氏の講演を聞いていたとき、ハッとさせられた。寺脇氏は、「学力」を次のように話した。「学力」を訓読みすると「まなぶちから」となる。それは、能動的な意味合いに聞こえる。しかし一般的に言われる「学力」は、「他人から与えられた知識」を指す。それは非常に受動的であると▼能動的と受動的、現在の社会でどちらが求められるかと言えば、きっと前者の方だろう。自分から獲得する知識・知恵は、後に自分の財産となる▼5月21日に、裁判員制度が始まった。新型インフルエンザが流行し、ややその影に隠れた感もあるが、われわれに無関係な話ではない▼裁判員に選出されると、最終的には「被告人が有罪か無罪か、有罪の場合はどのような刑罰を宣告するか」を議論しなければならない。そこには、自分なりの冷静な判断が求められる。その判断を下すためには、能動的な「学力」が必要なのだ▼論語には「子曰はく、学んで時に之を習ふ。亦説ばしからずや」という言葉がある。物事を学び、それを復習・反復したりして、自分のものとすることは喜ばしいということである▼「学力低下が…」と言われるが、たとえ他人から教えられる知識が低下したとしても、自分から学ぶ姿勢だけは低下してはいけない。

前の記事 | 次の記事