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アメリカにおける高大接続②

2010/01/13

 日本の高校関係者の話を聞くと、高校教育の多様化の進行についての憂慮の声を聞くことが少なくない。学習指導要領自体が履修パターンの多様化を促進し、生徒たちの学力も多様化して対応が困難になっているという。しかし、こうした多様化は日本が最も深刻な状態にあるのだろう。
 先日、OECD教育局シュライヒャー指標分析課長の話を聞く機会があった。PISAの総括責任者である同氏は、PISAの結果などのデータ分析に基づき、日本の学校教育を世界でもっとも成功している学校教育システムの一つであり、高い学習成果、高い平均能力、成績上位グループが占める高い割合、公平な学習機会、高い費用対効果などの点で、OECD加盟の国々の中でも優れていると指摘していた(PISAの結果に基づくとすれば、高校入学時の学力データに基づいてのことである)。他方、課題もあり、児童生徒が知識を再生するだけではなく、「かつて無い迅速な変化への対応」、「まだ存在しない仕事に就けるようにすること」、「まだ起こるとわかっていない問題に対応すること」など知識を柔軟に活用していくことや、児童生徒のやる気、意欲、積極的な取り組みなどに課題があると指摘していた。
 米国の高校教育は州ごとの違いもあり、日本のそれより学習成果、平均的能力、分散などいずれをみても芳しくない。そうであるとすれば、前回みたような外部テストと調査書に基づく書類選考だけで、大学進学後の基礎学力に問題は出てこないのであろうか。デベロップメンタル教育(近年「リメディアル教育(補償教育)」とは言わずこういう呼称が普及している)は必要ないのか。必要ならば、どのような時期にどのような仕組みで行っているのであろうか。
 前回訪問した米国の大学の多くは、実質的にこうした補完教育が必要であると認めていた。リーディングやライティングといった国語教育、科学、数学などがその内容である。ニューヨーク州とアイオワ州では、そうした学習の補完のために大きく異なる仕組みが取り入れられている。
 ニューヨーク州立大学システムでは共通テストを作成し、受験者全員が受けさせられる。数学500点、英語(リーディング+ライティング)480点満点のテスト結果を見ると、「3科目とも十分」は52・9%。「2科目が十分」が29・2%、「1科目は十分」が16・9%、「0科目」も1・0%いる。入学者の中での合格者の比率を見ると、数学66・5%、リーディング89・0 %、ライティング75・9%と、数学では3分の1が不合格である。テスト結果の悪かった受験生は、入学前の“サマー・エマージェント・プログラム(SEP)”への参加が求められる。このプログラムは無料で提供され、入学前に所定の点数に到達するとそれで解放されるが、点数に達していない場合は、入学後1年以内に合格することが要求される。入学後はリメディアル教育(有料、単位無し)の受講をせざるを得ず、合格するまでテストを受け続け、不合格の場合は再び受講した後しか再受験ができないという仕組みである。入学前のSEPは、入学後の補完学習の受講管理を厳格に行うことにより成功している。
 アイオワ州の場合は、4年制大学でのデベロップメンタル教育は行わないという方針であるという。同州の大学では州内共通のRAI(ACTまたはSATの総得点や高校のGPA等に基づく州内共通の方程式で算出)というスコアで入学者を選考する。
 スコアのよくない学生には、入学前のサマーセッション(8週間)で一定以上の成績で6単位を取得することが要求される。全学共通で必要な能力とされる初級レベルの英語が必修で、そのほかに各自得意科目を履修する。サマーセッション受講生の中で約80%が秋に正式入学する。入学できない者は2年制コミュニティ・カレッジで24単位(C評価以上)を取得すれば、4年制大学への編入が認められる。
 2008年12月の中教審の学士力答申では、補完教育は入学を許可した大学の責任において、しかしながら正規単位を与えることなく提供することを各大学に求めた。
 米国のこれら二つの州の高大接続の事例では、入学者選抜という過程が合格者を決めるための競争であるだけでなく、大学での学習に必要な最低限の基礎的学習の修得を確認する機会であり、不十分な者には入学前にとどまらず1年または2年という時間をかけてリカバーするような仕組みが設けられており、その主体が個別大学にとどまらず州のシステムとなっている。
 PISAの結果においては米国を上回りながら、高大接続が入試接続から脱却できない日本にとって、入学者選抜の中に“教育接続”を組み込んでいるシステムは、大いに参考になるのではないだろうか。

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