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第49回 東京家政学院大学 天野正子 学長
2009/12/27
天野 正子(あまの まさこ)
1938年広島市生まれ。お茶の水女子大学文教育学部卒業、東京教育大学大学院文学研究科修士課程修了、同大学院文学研究科博士課程退学。専門は社会学、とくにネットワーク論、文化社会論、ジェンダー学などを専攻。2009年4月より現職。お茶の水女子大学名誉教授数
女性をエンパワーする大学ヘ
東京家政学院大学(東京都町田市)は、2010年4月より「現代生活学部」を新設する。今年4月から学長に就任した天野正子学長に、新設学部の特長などをうかがった。
(インタビューは10月19日)
―今年4月に学長に就任した。どんな大学にしたいと考えているか?
何よりも女子学生をエンパワーする大学にしたい。エンパワーメントとは、「力を付ける、元気付ける、勇気付ける」ということです。
「女子大ならでは」、あるいは「女子学生だけ」という教育環境のメリットを、教育活動に最大限に生かしていきたい。同時に女子大学のデメリットにも自覚的でありたい。
90年代に入って、女子大離れと共に、女子大の共学化が進んでいます。高校生自身も共学を当たり前とみる一方で、国レベルでもあらゆる分野に男女が協働して「参画」しようという、男女共同参画社会づくりが、グローバルスタンダードとなる時代です。
そのような中で女子大学の存在意義を唱えることは、時代遅れでしょうか。
確かに、職場でも地域でも女性の「参加」は進んでいますが、ものごとを決める場への「参画」は進んでいません。2007年のデータをみると、日本の女性管理職はたった10%、ドイツ37%、米国43%に比べると、その差はあまりにも大きすぎます。
―女子大の存在意義は?
女子学生が「第一の存在」として、あらゆる場面で主役になれる環境を通して、リーダーシップや「やる気」を引き出すのに有利な、女子大の存在意義は大きいと思います。
本学は、徹底した少人数教育を実施しています。教師と学生の顔の見える関係の中で、「あなたならどう考える?」など、学生一人ひとりをゆさぶり、自信と可能性を引きだす試みができます。
また、教授・准教授に占める女性教員比率は37%、全国の大学平均を超える高さです。今の人文学部、家政学部の学部長も女性です。学生たちに「こんな分野でも活躍できるよ」と、多様な役割モデルを提供できるのです。女子大に来てよかったと思える大学にしたいですね。
もちろん女子大には、閉鎖的・温室的な環境になりやすいという、デメリットもある。大学コンソーシアム八王子や、地域を「大学」化していく教育プログラムを用意することで、社会に大きく開かれた大学を目指しています。
―KVA精神とは?
本学は1923年、関東大震災の焼け野原の中から誕生しました。創立者は大江スミ先生です。危機の時代だからこそ、新しい生活を創ることができると考えた大江先生は、その担い手を女性に求め、女子教育に希望を託しました。そう、「女性をエンパワーしたい!」と。それがKVAスピリットといわれるものです。
「K」(Knowledge)は、現実の社会の動きをとらえる広い知識。「A」(Art)は、課題を発見し、解決していく実践的な技術。「V」(Virtue)は、知識や技術を社会のために正しく使う豊かな「人間性」。このKVAをバランス良く備えた人間こそが、人間らしい生活を提案し、創ることができると考えられたのです。
KVA精神で大切なのは、人々の暮らしをその危機から救い出すのが、男性よりも女性であるという点ですね。
今、見回すと、昨年のリーマンショック以来、引っ張りだこになっているのが、「危機」という言葉です。金融危機にはじまり、雇用の危機、食の安全性の危機、生活危機など、すべての危機がいっせいに襲いかかっているような、そんな閉塞感があります。
日本社会が何よりも効率性と生産性、競争を重視してきた結果が、今の状況を生み出したと考えてよいでしょう。
大切なのは、それに変わる視点とは何かです。それが、生活の質、生活の価値を重視する生活者の視点にほかなりません。「生活」は男性にとっても、必要な視点ですが、相対的にいうなら、これまで女性が蓄積し、築きあげた領域といってよいでしょう。
食の安心から地球環境まで、生活の不安が広がる今、もう一度、KVAスピリットにたちもどり、現代的な生活課題に的確に対応できる専門家を育てること。それが本学に課されたミッションと考えます。
「現代生活学部」生活者の視点から社会発信
―2010年4月からの新学部の特長と学部名称に「現代」が付いている意図は?
来年、短大と2学部を統合・再編し、現代生活学部という1学部体制として生まれ変わります。これまで、衣や食、住居、家庭管理、生活文化など、専門を特化してきた教育内容を、今一度、人間らしい生活とは何かという生活者の視点から統合し、私たちの生命・生存の基礎となる「生活」に的を絞ります。
学部名称に「現代」を付けたのは、現代という時代が、人間の「いのちと暮らし」を脅かす要素にあふれているからですね。
特長は、「生活」を構成する5学科(現代家政学科、健
康栄養学科、生活デザイン学科、児童学科、人間福祉学科)に、三つの軸があることです。
一つ目は、人が生まれ成長し、老いていくライフステージ軸。二つ目は家庭・家族から、地域、諸組織、地球社会までを含む人間関係軸。三つ目は、今の生活が過去の生活文化の積み重ねのうえに新たに構成され、未来へと引き継がれていくという時間軸。
「生活」とは、こうした三つの軸で展開される総合的なものです。新学部では、生活をトータルにとらえる生活者の視点から、人間らしい生活を提案していく高度の専門家を育てます。また、昨今の生き辛さのなかで、自分らしい生き方を求めて懸命に生きる人たちに手をさしのべる、生活の支援者を育てます。
―発祥の地である千代田三番町キャンパスと、町田キャンパスとの2キャンパス体制へ?
都心という地の利を生かせる「千代田三番町キャンパス」には、健康栄養学科と現代家政学科の2学科が、緑の豊富な「町田キャンパス」には、生活デザイン学科、児童学科、人間福祉学科の3学科という、二キャンパス体制となります。
千代田三番町キャンパスはリニューアルします。風と空間がやさしい町田キャンパスには、子どもの専門家をはぐくむ児童学科、ケア・マネージメントの専門家を育てる人間福祉学科、暮らしを美しくデザインして手の技を発揮する生活デザイン学科がよく似あいます。
高い就職率支える「卒業成長値」
―女性をエンパワーする教育の方法とは?
生活課題に取り組む実践力は、座学では身に付きません。実験・実習中心の実学プログラムや、生活現場から問題を発見し、解き明かしていくフィールドでの授業など、学生を主役とした体験型の教育プログラムを用意しています。課題の解決につながる実践力は、自分の身体をくぐりぬけてはじめて身に付くものであり、KVA精神の「A」(技術)にあたるものですね。
二つ目は、人と結び付く力、他者と協働する力がなければ、せっかくの専門性も生かすことができません。多様な生活経験や考え方をもつ人たちと出会って、汗を流し苦労して、「やった!」「できた!」という達成感と感動。それが人とつながる力になるでしょう。
具体的には、町田市や八王子市との地域交流プログラム、食品製造会社との新製品や新メニューの開発など、産学協同プロジェクトなどを行っています。楽しいイベントとしては、八王子市と共催で行う学生天国にファッションショーを開催して、地域の人からも喜ばれています。
また、新学科の現代家政学科は、他の消費団体との連携のもとに消費者支援などを計画しています。
―教育の働きとして「伝える」より「引き出す」という働きを重視されているとか?
世間で言うよい大学とは、学力偏差値の高い学生だけを集める大学を指しています。それも教育のあり方の一つです。
けれども、大切なのは、入学時の偏差値だけではありません。入学してきた学生たち一人ひとりをゆさぶり、隠れた能力や可能\\\\\性をどこまで引き出し、高めることができたのか、4年間にどのような付加価値をつけて卒業させることができるのか。「卒業成長値」を高めることこそ、教育のより重要な働きと思います。
「伝える」形の座学より体験型のプログラムを充実させているのも、「引き出す」ことに力を入れているからです。
その教育の一つの成果が、高い就職率に表れています。昨年度の家政学部の就職率は91・9%。全国文系大学のランキングで42位、女子大だけをとってみれば7位でした。 就職先から卒業生に対する高い評価をいただいています。
―女子大の女性学長としての感想は?
私自身が、学生たちと学ぶことの喜びや感動、彼女らに託す希望や夢を伝えられる教師でありたいと思います。この点では、特に「女性だから」ということではないでしょうね。女性学長としては、学生たちのステキな役割モデルの一つになれたら、うれしいですね。