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第2回 「短期大学」の再生

2011/05/31

 前回、新制大学がスタートして以来、それほど大きな変化のなかった大学制度に、1991年、大幅な改革が断行されたことを書いた。さらに、それ以来の「改革日常化状態」も示した。まず、このことを、環境が激変した短期大学で検証してみよう。
 1991年の設置基準の「大綱化」で短大は、(四年制)大学とともに、カリキュラム編成の自由が与えられ、一般教育の名称は人文・社会・自然の科目区分や履修単位数の縛りとともになくなった。また、定員基準の変更で、短大からの編入受け入れ大学が増加した。卒業後に専攻科で学んだり、大学の科目等履修生として単位を積み上げたりすることによって、学位授与機構(現在は大学評価・学位授与機構)から、学士学位が取得できるようになった。
 2002年からは、「地域総合科学科」という、分野を特定せずに、学生のニーズに対応して多様な科目の開設ができる柔軟な仕組みが導入された。また、2005年からは、卒業者には学位(短期大学士)が授与されることとなった。
 このように、短大には制度としてさまざまな改革が施されてきたが、最も注目すべきは、その規模の縮小である。1996年には598校あった短大は、2010年には7割以下の395校になっている(国立は33から0、公立は63から26、私立は502から369)。学生数の変化はもっと劇的で、本科生は46万3648人から14万9634人へと、3割強にまで減じている。
 では、それらの短大が厳密な意味で消滅したのかというと、そうしたケースは極めて少数であり、大部分が四年制大学、あるいは同一法人内の学部に転換するなどしている。この間、大学数は、576校から778校に、学生数は236万8992人から255万9181人に増加しており、この多くを短大からの改組に負っている。つまり、短大であることをやめることこそが、短大最大の「改革」となったのだ。
 そして、その改組は、短大の生き残り策として推奨された。しかし、2010年度でみると、大学の38・1%が定員未充足に陥っている。これは、短大の62・5%より良いものの、大学になったからといって学生が集まるわけではないこと、短大であっても十分成り立つものがあることを示している。
 短大は、戦後改革の中で、大学は四年制のみという画一的な政策が取られ、大学になれない旧高等教育機関の救済策としてスタートした。それが、当時はいろいろな社会的制約のもとにあった女子の高等教育需要を満たす形で成長し、「女子短」時代を現出した。しかしここに来て、女性の地位向上など取り巻く社会の変化により、「男子は四大、女子は短大」という時代は、終焉に向かっている。
 しかし、短大は、高等教育としての質を持ちつつ短期で修得できる学問の提供者であり、高等教育を求めながら経済的、社会的理由で長期には就学できない者へアクセスの提供者足りえる。
 日本が戦後改革でモデルしたはずのアメリカでは、そうした観点から2年制大学の振興が図られ、コミュニティ・カレッジとして定着している。大衆化に遅れをとった欧州でも、近年は、イギリスのファンデーション・ディグリーの導入など、短期課程の強化が図られている。短大をどうするかは、事なかれではすまない、わが国教育政策の重点課題なのである。

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