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28号 ワタミフードサービス株式会社代表取締役社長 渡邉美樹氏

2012/06/04

大学全入時代が目前に迫り、いま各大学は、危機感を高めながら改革を推進している。改革の成否、大学の浮沈を分けるのは、「経営力」。経営手腕が、これまでにもまして重要になり、すでに多くの大学では、民間企業の知恵やノウハウを注入しはじめてもいる。

そこで今回は、企業人の視点から見た、現在の日本の学校教育と経営、募集戦略をテーマに、ワタミフードサービス株式会社の代表取締役社長渡美樹氏にご登場いただく。渡氏は、創業以来、つねにアグレッシブに会社運営を推進するとともに、昨年、学校法人郁文館学園の理事長に就任。学校教育の現場でも大胆な手腕をふるう強者である。

(取材は平成十六年七月五日)

 

染谷忠彦氏(以下敬称略)  渡社長は、郁文館中学・高校の経営をしていらっしゃいますが、企業人としての目に、現在の学校教育はどのように映っているのかをお聞かせください。

渡美樹氏(以下敬称略)  中学・高校の経営をしていて、痛切に思うのは、いまの偏差値教育には売り物がないということです。どこの中学でも、高校でも、大学でも、きみは四十五だからここ、きみは六十だからこっちと、偏差値でふりわけられるわけですよ。結果として、中学も高校も、じゃあ偏差値を上げていきましょうということになるし、大学においても結局同じになっていると思うんですね。

 だけど、それぞれ、学校を創ったときの建学の精神があるはずじゃないですか。そこは会社の経営とまったく同じだと思うのです。会社というのは、ある思いをカタチにするために存在するわけです。経営者がそれまで生きてきて、涙を流したり感動したりしてきたなかで生まれてきた言葉をカタチにするために会社はあるのです。でも、だんだん会社が大きくなって、時間が経つと、存在意義がわからなくなってきます。そうすると当然売り物もなくなってしまう。

 だから、ワタミでは、私が大学時代に北半球一周をして発見した、「ひとりでも多くの方に、あらゆる出会いと、ふれあいの場と安らぎの空間を提供したい」という外食に対する思いとか、二十六歳のときに何のために会社を大きくするのかを考え、それは「ひとつでも多くのありがとうを集めるためだ」と気がついて、それをいまカタチにしようとして一生懸命戦略に落とし込んでいるわけですね。その上で他社との明確な差別化があるわけなんです。結果として、その思いに明確な差別化があるがゆえに、例えば商品も差別化が生まれるわけですよ。そして、それが企業の文化を明確にしていくことにつながる。

  学校経営に、いちばん大切なのもそこの部分だと思います。つまり、あなたの学校は一体何をやりたいのですか、何が売り物ですかということを明確にするのが、大切。これが、改革時代の募集戦略に一番大事なことだと思いますね。

  いまの子どもたちは、偏差値以外に選ぶ指標をもたない。目的意識をもたずに勉強して、隣の人よりもいい成績をとろう、偏差値を高くしようということが、すべてのモチベーションになってしまっている。しかし、勉強は手段であって目的ではない。自分の夢があるとしたら、大学はそこに近づくための手段で、勉強も、知識も手段であるべきなのです。

染谷  郁文館では、その辺をどのように教育されていらっしゃるのですか。

 郁文館の教育は、この夢のない社会で夢を持たせてあげますよ、夢を追うテクニックを身につけてあげますよ、夢を追うプロセスのなかで、きみの望む大学に入れてあげますよ…という教育です。

  夢をもてない理由で一番大きいのは、世の中を知らないことですから、郁文館では、いま社会ってこうだよ、世の中はこうなっているよということを、まず中一・中二で教えます。中三・高一の二年間では、日本にはこういう産業があって、こういう仕事があるんだよと教える。そして、高校二年で教えるのが、経営。マネジメント、リーダーシップ、マーケティングにおける集大成である経営を、会社(組織)づくりから全部教えます。

  そうしたプログラムに加えて、毎年「夢合宿」といって、夢をプログラミングするための十一日間の合宿があり、そのプログラムを毎日先生と親と子どもたちで追っていく「夢シート」がある。いま、その三本立てで、子どもたちに独自の教育を施そうとしています。

染谷  大学生の目的意識も希薄です。いま卒業後に就職するという考えをもっている大学生は六十%だというデータが出ています。残り四十%には大学院に進む人も含まれますが、なかにはフリーターになる学生もいます。ほとんどの学生は、最初は就職しなければと思っているのに、なぜか、いよいよ就職という三年生の後半から、前に一歩が出ていきません。

 私はいま年間約一万人の学生を対象にセミナーを開いていますが、何のために働くのか、就職って一体何か、会社って何かということをいつも話します。本当にいまの大学生は、教えられていない、どうしていいかわからないのです。価値観も偏差値しかなかった。その結果、会社に偏差値がないから、就職する意味と、モチベーションが高まらないだけなのです。

  それは、やはり中学・高校教育に問題があると思います。中学・高校時代にもっと働くことのすばらしさを教えるべきなのです。いままでの価値観、いままでの教育や体制のなかでは、結局そこにゆき着くわけですよ。「じゃあ働かなくてもいいじゃん」、「別に困らないじゃん、アルバイトしていれば」となる。そのときに、「きみの人生そうじゃないだろう」、「仕事ってこういうものだろう」というところから、もう一度話さないことにはどうにもならないわけです。

  結論は、何かといえば、何のために自分が生まれてきたかを考えること、人生って何かって考えることなんです。この部分がないと、なぜ働くのかという答えが出てこないんですよね。

染谷  偏差値ではない教育目標を見つける、夢に沿った人生設計ができるようにしていくわけですね。

 そうですね。だから、大学もそうあるべきだと思うのです。偏差値や知名度がいいとかではなく、その大学で何が身につき、何が差別化されているのかを明確にすることが、募集戦略に一番大事だと思います。

  そのためには建学の精神にもどって、その学校は何のためにできたのかに立ち返る必要があるでしょう。

染谷  おっしゃるように建学の精神、理念は大切ですね。

  高校生のなかには、偏差値のことも考えるが、この大学はどんな分野が長けているのかをもう少しはっきりさせてほしいという子がいます。これからの大学は、最終的には自分の大学のオンリーワンは何かを明確に発信しなければダメだと、子どもたちもそんな考えをもち始めました。ただし、全体からすれば、そういう意識の子どもたちはまだまだ層が薄いですから、経営的に考えた場合、その子どもたちだけを対象にするのは、むずかしい。子どもたちが来なければ経営はできませんからね。

 学校側が何を発信するかですが、受け手側がその発信に対して興味がなければしようがないですね。

  私は一万人のセミナーでアンケートをとるのですが、大学生は実際に企業を選ぶときに、自分の価値観で選んでいる人は、約七%しかいない。つまり、いくら情報発信しても、七%しか反応しないのです。これでは情報発信の意味がありません。

  先日行ったセミナーでは、「好きなことをあなたは仕事にしようとしていますか」という問いに対して、YESの回答はゼロでした。いまの学生は、好きなことさえも仕事に選べない、つまり自立していないのです。自立していない人にどんな情報を発信してもダメなんですね、実は。

  だから、教育をする側、経営側は、二つ、努力しなければいけないことがある。一つは自立する学生を育てていくということ。そしてもう一つは、その自立した人たちにメッセージを出していくこと。しかし一方、現在の崩れた価値観のなかで経営し生き残るためには、崩れた価値観に合った商品も出さなければいけない。これも事実です。

  したがって学校教育というのは、現実的な着地点をもちながら、なおかつ理想をもちながら構築していくことが、絶対大切だと考えています。

染谷  ある高校の進路指導の先生が、自校のレベルアップを図りたいと言うので、それなら中学に行ったときに、「生徒を六大学クラスに入れます」とか、「国立大学に入れます」というふうに約束しなさいとアドバイスをしました。約束できなければ、あなたの高校は上がれませんよと。そうしたらその先生は実行しましたよ。初めは数人の先生だけでしたが、いまはすべての先生が一緒になって、子どもたちを約束した大学に入れると目標をもっている。その高校は、かなりレベルが上がりました。目標をもった教育と経営、その両方がやっぱり大事だということですね。

 先程、差別化のある商品をもたなければとお話しましたが、教育における差別化された商品とは、授業です。そして、その授業をするのは、先生です。先生が変わらないことには、絶対にいい商品や差別化された商品はできないわけです。

  しかし、これまで先生は甘やかされてきています。会社なら、どんどんどんどん負荷をかけていくことによって社員は伸びていく。伸びなかった人は辞めていくわけで、その結果、すべての社員のレベルが上がっていくのです。ところが先生には、負荷がいっさいかからない。親や子どもたちは崇めるし、なおかつ制度上、給料は自動的に上がっていきます。先生がダメになっていく仕組みが明らかですよね、この日本という国では。だから私は、教育に競争原理を絶対にもち込むべきだと思っているのです。

  大学の先生も同じです。「授業がつまらない」と学生が言ったら辞めてもらえばいい。学校も認められなければつぶれるしかないし、それでいいのです。そうして、どんどんいい先生や学校が生まれてきますから。

染谷  意識改革が必要なんですね。先生方の意識を変えるには、どうしたらいいでしょうか。

 いままでが全部間違っていたと、もう一回、教えてあげることでしょうね。

  私は郁文館の理事長になったときに、先生方全員に、先生は聖職なんだよという話をしました。聖職とは、その対象者のために死ぬことだと。だから努力していかなきゃいけないと生徒の幸せのためだけに学校ってあるんだよね、だから先生たちの都合での学校運営は止めましょう、視点を全部変えなさい、生徒のためだけの学校をつくりましょうと、話しました。

  現在、私の学校では、先生に対する三百六十度評価を始めました。生徒から、父兄から、上司から、同僚から、校長から評価されるのです。一律のボーナス制度もやめ、完全に各自の提供したものに応じてもらう形にしました。

  もちろん、学校側としても、いままで不透明だった学校の中身や経営を全部オープンにしました。強い労働組合がありましたが、すべてをオープンにすることで話し合いもスムーズになりました。組合は、かつては経営が不透明だったために要求するしかなかったのですが、すべてをオープンにすれば、要求だけでは終わらなくなります。要求したら、これだけやってね、これだけできたらこれだけあげるねという話ができるようになったのです。そして、学校は生徒のためだけにあるけれども、それは先生方の幸せのためでもあるんだよ、私自身はお金のためにやっているんじゃないよという話もして、結局、存在理由がなくなり組合が自主解散したという経緯があります。

染谷  いま、高校も大学も組織がまとまらずに困っているところが結構あるんです。

 本気で改革しようとしたら、トップがどのような決断をするかが重要です。

染谷  大学の中でもバシッと言えるトップリーダーが必要です。いままでの大学の形式を打ち破るような。

  とくにいま大学で鍵を握っているのは職員です。以前は、「教員を改革だ」と言っていましたが、いまは職員の意識改革ができなかったら、ダメですね。先生方は教室の中でしっかりした授業をすればいい、その代わり運営その他のコーディネートは、全部職員がしっかりやりなさい、先生と同じ両輪のレベルでやりなさいと言っています。そうじゃないとその大学は突破していけないだろうと。

  でも、職員は自分の範囲を守るんです。少子化で大変なことを理解しているのに、手伝えと言うと、自分の課が大変、自分の部が大変だと守りに入る。そこが、どうしても打破しづらい。

  理念やトップの考えを教育して啓蒙しながら、常にそれを意識して働いてもらうことが大切ですね。

 だから、私の会社では、理念を浸透させることを重視しています。私の仕事のほとんどはそれに尽きるとも言えます。

  会社とは、理念を共有した同志の集合体だと思うのです。理念を共有していないと、働く人は道具でしかなく、お金と時間をやりとりしているだけの存在でしかない。でも、理念を共有するならば、この会社のやろうとしていることはその人のやりたいことになります。そのとき、その人は主人公になるのです。

  そういう状態になると、会社や仕事は、生活の糧を得るための道具ではなくて、生きることそのものになります。会社は、売り上げとか利益を上げるためのものではなくて、その戦いのなかで働く一人ひとりが人間的に成長し、幸せになっていくための道場なのです。ですから、彼らに理念を浸透させない限り、私の経営は成り立ちません。

染谷  その理念を浸透させるために、具体的にはどのような教育をしていらっしゃるのでしょうか。

 私自身で月に二通の手紙を書き、全社員へのメッセージとしていますし、朝七時から幹部やエリアを統括するマネージャーと会議を繰り返し繰り返しやって話し合っています。そういうふうにして理念を伝えていく。私の行動はすべてそこにあるわけです。なぜならば彼らの幸せを願うからですよ。彼らがそこで自立すること、彼らが理念を自分のものとしてくれること、そうすればスイッチはオンになるわけです。子どもで言えば、夢をもたせればスイッチがオンになる。会社においては理念を自分のものにしたときにスイッチがオンになります。スイッチがオンになると、どんどんどんどん努力していくんですよ。だから、スイッチをオンにするのが、トップとしての私の一番大事な仕事なのです。

染谷  それは、大学にも今、一番求められていることです。理念に対する共通認識が指標になるわけですから、理念なき改革はありえません。そこが、これからの勝負のポイントになりますね。教育の核となる理念の再認識。そして、「これだ」という特徴に基づく戦略の再構築が必要なんです

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