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第3回 「分野別の質保証」は有効か
2012/12/07
大学改革の行方
「分野別の質保証」は有効か
本田 由紀
現在の大学改革の主要な旗標である「大学教育の質保証」に関し、中央教育審議会はこれまで「学士課程教育の構築に向けて」(2008 年12月)「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて」(2012 年8月)などの答申において、「学士力」や学修時間など学問分野間に共通する「大学教育の質」を主に俎上に載せてきた。他方、2008 年5月に文部科学省からの依頼を受けて日本学術会議内に設置された「大学教育の分野別質保証の在り方検討委員会」は、三つの分科会で審議を進め、その結果を2010 年7月に「大学教育の分野別質保証の在り方について」として公表した。
この回答の第一部「分野別質保証の枠組みについて」では、①各学問分野に固有の特性②すべての学生が身につけるべき基本的な素養③学習方法及び学習成果の評価方法に関する基本的な考え方、を主な内容とする「分野別の教育課程編成上の参照基準」についての考え方が取りまとめられている。この「参照基準」は、大学教育の自主性・自律性の尊重、学修者としての学生の立場への配慮、学生の進路の多様性と社会的な要請の多義性という観点から、授業科目や習得すべき事項を列挙するのではなく、各学問分野においてもっともコアとなる「世界の認識の仕方、世界への関与の仕方」および学生が当該分野の学びを通じて獲得すべき基本的な知識と理解、能力を、文章で記述するという形式のものである。
この回答後、2011 年6月には日本学術会議内に「大学教育の分野別質保証推進委員会」が設置され、現在までに経営学、法学、言語・文学、機械工学、数理科学、生物学、家政学の各分野に関する検討分科会が参照基準に関する検討を進めており、すでにこれらの中の複数の分野で参照基準作成が最終段階に入っている。
こうした動向からは、分野別の質保証をめぐる要請やそれに対する対応は具体化して
いるように見える。しかし、上記の学術会議の「参照基準」に限れば、それが参考としている英国のSubject Benchmark Statementと比べてもいっそう抽象度が高いこと、学際領域や各分野の下位領域についてはカバーしていないこと、それをいかに参照し活用するかについては完全に個々の大学の自由に委ねられていること等の理由から、各学問分野の大学教育に対してどれほど実質的な影響力を及ぼしうるかは、きわ
めて不透明である。
もし分野別の質保証を実効あるものにしようとするならば、カリキュラムに関して特定の内容の科目の開設を求めたり、卒業時に修得した知識等について共通試験を課したりするなど、ある程度強い枠づけを行う必要がある。日本技術者教育認定制度や経済学検定試験などの実例もすでにある。しかし、学生層が大学により多様であり、学部・学科編成における学問分野の学際化と細分化が同時進行している日本の大学教育に対して、そのようなリジッドな質保証を実施すれば、それを満たせる大学とそうでない大学との間の落差が顕在化する。また、各学問分野の柔軟な発展を阻害する恐れもある。しかし逆に、そうした事態を回避しようとした学術会議の「参照基準」は、限られた実効性を持つに留まる可能性がある。日本の大学全体の制度構造にメスを入れる根底的な改革を迂回するような分野別質保証の取り組みに関して、多大な労が空に帰することを危惧せざるをえない。