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第89号 NHKラジオセンター エグゼクティブアナウンサー 山下信氏

2012/12/07

ことばを通して情報やニュースを伝えるアナウンサーという仕事。一見すると華やかに見えるものの、その背景には厳しい現実がある。
  38年間、NHKのアナウンサーとして第一線で活躍し、現在は平日早朝からのラジオ番組を担当している山下信氏。今回は山下氏から、アナウンサーとして印 象に残ったエピソードや若者に対するアドバイスなどを中心に、ホスト役の女子栄養大学常任理事の染谷忠彦氏が話を聞いた。


人生を決定づけた大学1年の春
目標をアナウンサーに絞り込む
染谷 アナウンサーを目指されたきっかけを教えていただけますか?
山下 もともとマスコミの業界を志望していましたが、直接の契機となったのは大学1年次の春に起きた二つの出来事でした。
  一つは、入学早々に行われた新入生対象のサークル紹介です。いくつかの音楽サークルが演奏している場面で、それらの音楽サークルをつなぐ司会の方に目を奪 われました。大講堂にいた数百人の学生が司会者のことばで拍手をしたり、笑ったり、楽しんでいたんです。私はその光景を見て、なんて素晴らしい司会をする のだろうと衝撃を受けました。
 そしてもう一つは、ゼミの指導教授のガイドで、ある新聞社を見学する機会がありました。丁度夕刊の締切りのタイミングで、怒号が飛び交う編集部で大勢の人たちが仕事をしていました。その現場の雰囲気を体感させてもらった経験もとても強く印象に残りました。
 それまでマスコミや司会の仕事に興味はありましたが、簡単には実現しないだろうと思っていたところを、この二つの経験によってぐっとアナウンサーへと目標を絞り込むことができました。
染谷 アナウンサーを目指すとなると相当の努力が必要だったのでしょうね?
山下 いろいろと挑戦しました。将来アナウンサーになりたい一心でサークルに所属して、随分とたくさんの司会経験を積ませてもらいました。それと、いわゆるアナウンススクールにも3年次から通いました。
  さらに、実際に活躍している先輩アナウンサーを訪ねるため、飛び込みで放送局に電話をして「アナウンサーになりたいと思っています。どなたかアドバイスを いただけませんか」と、いま思えば無謀なこともしました。けれども、一つひとつがアナウンサーになるための積み重ねでした。


番組不振の転勤で挫折感
大震災で味わった無力さ

染谷 その行動力の賜物ですね。NHKのアナウンサーに採用された。実際になってみていかがでしたか?
山下 学生時代は司会をすることがすべてだと思っていたのですが、司会をすることと放送局のアナウンサーになるということは、ジャーナリズムの中に身を置く という意味でまったく違いました。常に時事問題と隣り合わせで自分の考えをまとめなければなりません。自分の考えはこうで、それをどういうふうに伝えてい けばいいのか―。そのために、現場に足を運んだ
り先輩と議論するなど、司会業とはほど遠い、日々勉強漬けの生活を送っていました。
染谷 38年間のアナウンサー生活の中で印象に残っている出来事を挙げてください。
山下 若い頃、あるテレビ番組の司会者に抜擢されました。その番組は今後10年や20年は続くだろうと自分では期待していたのですが、視聴率の低迷なども手 伝って1年で終了してしまいました。私も経験が浅く、どれだけテコ入れしても効果はなかったんです。私はその後福岡へ転勤になります。大きな挫折感を味わ いました。 
 挫折と言えば、昨年の東日本大震災も私にとっては忘れられない経験となりました。混乱した状況で私の言葉では何も伝えられなかったんですね。本当に無力だった。これだけの天変地異の中、我々の存在意義はどこにあるのだろうかと打ちのめされた思いでした。


土台となるのは国語力
社会の流れに敏感になろう
染谷 アナウンサーを目指す上で何かしておいたほうがいいことはありますか?
山下 まずは、時事問題を知るために新聞やニュースをよく見てください。そうして世の中の流れを勉強することが大事だと思います。別に真実までは知らなくても構わない。そこから自分なりの考えをまとめることが大切で、それをもとにみんなで議論を深めることをお薦めします。
  そしてもう一つ大切なのは、自分の考えが浅いことや、ほかにもいろいろな考えがあるのだということを受け入れられるゆとりを持つことです。自分よりも経験 のある諸先輩方の多様な意見を謙虚に受け入れる姿勢が必要なのです。そうした態度で世の中にぶつかることのできる素地を、高校時代から培っておくと良いで しょう。
染谷 語学力についてはいかがですか?
山下 アナウンサーを目指そうというのに国語力がおろそかでは厳しいでしょう。もちろん外国語ができるのは素晴らしいことですが、その土台には国語力があって然るべきだと思います。
 例えば、〝さわやか〞という言葉は春より秋のほうが適切だとされています。そう、俳句でいうと秋の季語なんですね。春でも間違いではありませんが、違和感を覚える人たちが少なからずいるのです。そうした感性は、国語力が備わっているのが大前提ではないかと思います。
染谷 現代的な若者に対する印象をお聞かせください。
山下 いまの社会にはメールやツイッターなど、言葉を発しなくても相手とつながるコミュニケーション手段があふれています。しかし、社会では文字でつながる コミュニケーションよりも自分の身体から出る言葉がまず基本です。文字によるコミュニケーションだけでは自分の想いは決して伝わりません。メールなどの文 字は文字だけのもので、コミュニケーションの深みはないと感じます。
 一方、身体から発する言葉には、表情があり心のひだがあり、その人の人生が伝わってくることも珍しくありません。そういったコミュニケーションは相手と向き合って話すのが基本であるということを改めて若い人たちに分かって欲しいと思います。
染谷 さすがはアナウンサーの方ですね。山下さんの言葉には説得力がありました。
それでは最後に、高校生にメッセージをお願いします。
山下 大学に進学すると、こんな世界があるのかというくらいの自由が待っています。誤解を恐れずに言えば、自己管理で何もかもが解決していく、そんなイメー ジの世界です。ただ、自由ということはその分の責任もついて回ります。そして社会に出れば、もっと自由があり、その分さらに大きな責任が待ち構えていま す。だからこそ、学生時代の4年間はただ漫然と過ごすのではなく、社会に出て諸先輩方と同等に戦えるだけのベースを作る準備期間として大切にして欲しいと思います。

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