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連載第2回 大学改革を問い直す
2014/09/11
連載 大学改革を問い直す
第2回 メリトクラシ―とペアレントクラシ―
藤田英典
日本の教育は1970 年代以降、受験競争と偏差値輪切り選抜や知識詰め込み教育により、高校や大学の序列化と学校歴主義の基盤となり、創造力・問題解決能力などの形成を阻害していると批判され、種々の改革が進められてきた。前回概要を確認した「達成度テスト」は、その弊害是正につながるのだろうか。
同テストの特徴は異質な2種類のテストを課す点と複数回受験できる点にある。前者は確実な知識の修得と創造力や問題解決能力の向上を促進し、後者は一発勝負への不満の解消が、そのねらいであろうが、結果的にテストの精度を高めることにもなる。しかし、そこには次の3点で問題がある。
第1は、2種類のテストは違う学力を測るものかという問題である。文科省・全国学力調査のA 問題とB 問題はそれぞれ基礎レベルと発展レベルに対応すると言えるが、過去6回分のA・B 問題の相関値の平均は国語が小6で0・68、中3で0・73、数学が小6で0・72、中3で0・84だった。相関値は1を最大として二者の関係性を示す数値で、0・7以上なら相関性が高いと考えて良い。つまり、A とB は基本的に同種の学力を測っている可能性がある。
第2は受験競争の影響である。国際学力調査として知られるIEA のTIMSS とOECD のPISA は、前者がA 問題や基礎レベルに、後者がB 問題や発展レベルに対応すると言えるが、過去5回のTIMSS において(11年・数学順位)5位までを独占してきた韓国、シンガポール、台湾、香港、日本がPISA でもトップテンに入ってきた。つまり、両調査とも受験競争が激しく塾などでの学習の盛んな国の順位が高いということである。
第3に、入試テストが精緻化するほど早い段階からの受験準備が効果的となり、もう一方で各大学は達成度テストを活用し、独自の方法により多様な側面を考慮して選抜することが要請されるから、合格するには各大学の独自の選抜方法に関わる情報を収集し適切に選択・対応することも重要となる。つまり、学校では受験対応の授業への圧力が強まり、もう一方で家庭の経済力や情報収集判断力の重要性が高まり、かくして家庭環境等による教育格差が拡大することになりかねない。
以上のような歪みと格差の生成については、イギリスの教育社会学者マイケル・ヤングとフィリップ・ブラウンが、前者は1958 年にメリトクラシーの到来として、後者は1990 年にペアレントクラシーの台頭として警鐘を鳴らしてきた。両方とも造語だが、ヤングの風刺的な未来社会論によれば、アリストクラシー(貴族制)に代わってメリット(能力と努力)が支配するメリトクラシーが1870 年の初等教育義務化の時から始まり、2034年のイギリスはメリットが完全に支配する社会、そのメリットの測定がテストの精度向上によって乳幼児期にまで早まるディストピ(暗黒郷)になったという。他方、ブラウンは、サッチャー政権下の教育改革が学校選択と学力向上と生徒・学校予算の獲得競争を促進したことにより、学校教育の私事化(私的利益の優先)が進み、親の能力・支援による教育機会の格差化を当然視するペアレントクラシーが支配する時代になったと論じた。
このヤングとブラウンの指摘する事態は、「お受験」現象のように日本では早くから見られたが、その傾向は近年の学校選択制とエリート的な中高一貫校の導入に顕れ、今後教育再生実行会議が提案した小中一貫教育の制度化案が実施されるなら小中学校段階から広まることになりかねない。また、全国学力テストによる学校の序列化や達成度テストによる学力測定の精緻化が進むなら、偏差値輪切り選抜や受験学力偏重が改めて問題化するかもしれない。それで日本の教育の質向上と入学者選抜の公平性が維持されるだろうか。これは真摯に検討すべき問題であろう。
第2回 メリトクラシ―とペアレントクラシ―
藤田英典
日本の教育は1970 年代以降、受験競争と偏差値輪切り選抜や知識詰め込み教育により、高校や大学の序列化と学校歴主義の基盤となり、創造力・問題解決能力などの形成を阻害していると批判され、種々の改革が進められてきた。前回概要を確認した「達成度テスト」は、その弊害是正につながるのだろうか。
同テストの特徴は異質な2種類のテストを課す点と複数回受験できる点にある。前者は確実な知識の修得と創造力や問題解決能力の向上を促進し、後者は一発勝負への不満の解消が、そのねらいであろうが、結果的にテストの精度を高めることにもなる。しかし、そこには次の3点で問題がある。
第1は、2種類のテストは違う学力を測るものかという問題である。文科省・全国学力調査のA 問題とB 問題はそれぞれ基礎レベルと発展レベルに対応すると言えるが、過去6回分のA・B 問題の相関値の平均は国語が小6で0・68、中3で0・73、数学が小6で0・72、中3で0・84だった。相関値は1を最大として二者の関係性を示す数値で、0・7以上なら相関性が高いと考えて良い。つまり、A とB は基本的に同種の学力を測っている可能性がある。
第2は受験競争の影響である。国際学力調査として知られるIEA のTIMSS とOECD のPISA は、前者がA 問題や基礎レベルに、後者がB 問題や発展レベルに対応すると言えるが、過去5回のTIMSS において(11年・数学順位)5位までを独占してきた韓国、シンガポール、台湾、香港、日本がPISA でもトップテンに入ってきた。つまり、両調査とも受験競争が激しく塾などでの学習の盛んな国の順位が高いということである。
第3に、入試テストが精緻化するほど早い段階からの受験準備が効果的となり、もう一方で各大学は達成度テストを活用し、独自の方法により多様な側面を考慮して選抜することが要請されるから、合格するには各大学の独自の選抜方法に関わる情報を収集し適切に選択・対応することも重要となる。つまり、学校では受験対応の授業への圧力が強まり、もう一方で家庭の経済力や情報収集判断力の重要性が高まり、かくして家庭環境等による教育格差が拡大することになりかねない。
以上のような歪みと格差の生成については、イギリスの教育社会学者マイケル・ヤングとフィリップ・ブラウンが、前者は1958 年にメリトクラシーの到来として、後者は1990 年にペアレントクラシーの台頭として警鐘を鳴らしてきた。両方とも造語だが、ヤングの風刺的な未来社会論によれば、アリストクラシー(貴族制)に代わってメリット(能力と努力)が支配するメリトクラシーが1870 年の初等教育義務化の時から始まり、2034年のイギリスはメリットが完全に支配する社会、そのメリットの測定がテストの精度向上によって乳幼児期にまで早まるディストピ(暗黒郷)になったという。他方、ブラウンは、サッチャー政権下の教育改革が学校選択と学力向上と生徒・学校予算の獲得競争を促進したことにより、学校教育の私事化(私的利益の優先)が進み、親の能力・支援による教育機会の格差化を当然視するペアレントクラシーが支配する時代になったと論じた。
このヤングとブラウンの指摘する事態は、「お受験」現象のように日本では早くから見られたが、その傾向は近年の学校選択制とエリート的な中高一貫校の導入に顕れ、今後教育再生実行会議が提案した小中一貫教育の制度化案が実施されるなら小中学校段階から広まることになりかねない。また、全国学力テストによる学校の序列化や達成度テストによる学力測定の精緻化が進むなら、偏差値輪切り選抜や受験学力偏重が改めて問題化するかもしれない。それで日本の教育の質向上と入学者選抜の公平性が維持されるだろうか。これは真摯に検討すべき問題であろう。
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