トップページ > 「進路新聞」私の進路ストーリー > 第24号(平成26年10月10日発行) アイドルグループ「℃-ute」の鈴木愛理さん
第24号(平成26年10月10日発行) アイドルグループ「℃-ute」の鈴木愛理さん
2014/10/10
後悔しないように、しっかり自分と向き合って
アイドルグループ「℃-ute」の鈴木愛理
歌うことに夢中だった幼少期
8歳で「ハロプロ」に加入
小さな頃から歌うことが大好きで、将来は歌手になりたいと強く思っていました。けれども、教育熱心な両親からは小学校受験を勧められていて、「音楽」と「受験」のどちらかを自分で決めるように言われたんです。当時は幼稚園に通っていましたが、音楽スクールへの入学を決意。そのスクールで紹介された「ハロー! プロジェクト・キッズ」のオーデションに8歳で合格し、モーニング娘。さんが所属する「ハロー!プロジェクト」の一員として所属できることになりました。
長い下積み経験を経て
「℃-ute」としてデビュー
順調にハロプロ・キッズとして活動を続けていたつもりでしたが、その中から結成された「Berryz工房」に選ばれなかった時はとてもショックでした。翌年、コンサートで℃-ute の結成が決まるのですが、すぐにメジャーデビューできず、インディーズでCD をリリースしながら、地方のショッピングモールでライブ活動を重ねたり、仕事がない日はメンバー全員でダンスレッスンに取り組んだりと、地道な活動を続けていました。この時の経験があったからこそ、いまの自分があるのだと思います。
突然の「℃-ute」5人体制
心機一転、高校生活スタート
中学3年生のある日、メンバーの卒業が相次いで、℃-ute は5人体制になってしまったんです。それまでもメンバーの増減はありましたが、まさにこれからという時だったので、残された私はもちろん、他のメンバーたちも不安になっていました。そのタイミングでリリースされたシングル「SHOCK !」では、「鈴木がダメだから℃ -ute もダメに見える」と叱られて、辛い思いをしました。それでも頑張れたのは、大好きな歌とダンスを続けたい、何よりも大切な℃-ute を守りたい一心だったからです。そして迎えた高校の入学式。自分なりに少し成長した手応えを感じました。
何事も一生懸命な高校生活
周りに助けられた受験勉強
振り返ると高校生活はいままで最もいろいろなことにチャレンジしていたように思います。
大学進学は芸能のお仕事を続けていく上で両親と約束をしていましたから、高校2年生から本格的に受験勉強を開始しました。進学塾に通っていたんですよ。学部選びは両親と相談した結果、芸能活動に活かせる学問分野を学べる大学に決めました。高校3年を迎え、受験が本格化する時期、志望校に提出する課題書類を事務所の人たちにも確認してもらったり、いろいろな人の力を借りながら受験期を乗り越えました。合格発表の瞬間はドラマの撮影現場で迎えました。合間の時間で、インターネットで確かめると、「合格」の二文字が! 暗いシーンの撮影だったんですが、その場で大はしゃぎしてしまいました。両親にもすぐに報告しましたが、喜んでくれた反面、「入学までしっかりと勉強をするように」と、私を諭してくれました。
大学入学前は友達ができるか不安でしたが、入学式ですぐに気の合う友達が作れました。大学では一人の大学生として学問に打ち込んでいます。いまの勉強が将来の活動に活かせるようにしっかりと勉強します。もちろん、お仕事ではアイドルの鈴木愛理として、℃ -ute の表現力をもっと高めて、最高のパフォーマンスを魅せていきたい。大学生活も芸能活動も両方頑張ります。
進路選択で辛いのはいまだけ
その先の将来に向かって
進路選択をする上で、悩んだり、壁にぶつかったり、苦しいことがたくさんあると思う。私自身、受験生活を終えて感じたことは「辛いのはその時だけ」ということ。遊園地に行くことや映画を見ること、そして〝女磨き〞だって進路が決まった後でも十分できるはずです。ですから、いまはそうした「遊びたい」という気持ちをぐっとこらえて、現実に向き合うことが大切です。そして決めたことに向かって一直線に努力して欲しい。
あと、ご飯をしっかりと食べることは大切ですよ。きちんと食べて、元気に頑張って欲しいな。そして、納得いく進路に出合えたら、ぜひ℃-ute のライブで一緒に弾けましょう。
すずき・あいり(きゅーと)●1994 年4 月12 日、岐阜県生まれ、千葉県育ち。
モーニング娘。が所属する「ハロー! プロジェクト」から誕生した「℃ -ute」のメンバー。2005年に結成し、「第49 回日本レコード大賞最優秀新人賞受賞」「NHK 紅白歌合戦出演」「日本武道館単独コンサート」など、10 年近いキャリアの中で華々しい経歴を持つ。
アイドルグループ「℃-ute」の鈴木愛理
歌うことに夢中だった幼少期
8歳で「ハロプロ」に加入
小さな頃から歌うことが大好きで、将来は歌手になりたいと強く思っていました。けれども、教育熱心な両親からは小学校受験を勧められていて、「音楽」と「受験」のどちらかを自分で決めるように言われたんです。当時は幼稚園に通っていましたが、音楽スクールへの入学を決意。そのスクールで紹介された「ハロー! プロジェクト・キッズ」のオーデションに8歳で合格し、モーニング娘。さんが所属する「ハロー!プロジェクト」の一員として所属できることになりました。
長い下積み経験を経て
「℃-ute」としてデビュー
順調にハロプロ・キッズとして活動を続けていたつもりでしたが、その中から結成された「Berryz工房」に選ばれなかった時はとてもショックでした。翌年、コンサートで℃-ute の結成が決まるのですが、すぐにメジャーデビューできず、インディーズでCD をリリースしながら、地方のショッピングモールでライブ活動を重ねたり、仕事がない日はメンバー全員でダンスレッスンに取り組んだりと、地道な活動を続けていました。この時の経験があったからこそ、いまの自分があるのだと思います。
突然の「℃-ute」5人体制
心機一転、高校生活スタート
中学3年生のある日、メンバーの卒業が相次いで、℃-ute は5人体制になってしまったんです。それまでもメンバーの増減はありましたが、まさにこれからという時だったので、残された私はもちろん、他のメンバーたちも不安になっていました。そのタイミングでリリースされたシングル「SHOCK !」では、「鈴木がダメだから℃ -ute もダメに見える」と叱られて、辛い思いをしました。それでも頑張れたのは、大好きな歌とダンスを続けたい、何よりも大切な℃-ute を守りたい一心だったからです。そして迎えた高校の入学式。自分なりに少し成長した手応えを感じました。
何事も一生懸命な高校生活
周りに助けられた受験勉強
振り返ると高校生活はいままで最もいろいろなことにチャレンジしていたように思います。
大学進学は芸能のお仕事を続けていく上で両親と約束をしていましたから、高校2年生から本格的に受験勉強を開始しました。進学塾に通っていたんですよ。学部選びは両親と相談した結果、芸能活動に活かせる学問分野を学べる大学に決めました。高校3年を迎え、受験が本格化する時期、志望校に提出する課題書類を事務所の人たちにも確認してもらったり、いろいろな人の力を借りながら受験期を乗り越えました。合格発表の瞬間はドラマの撮影現場で迎えました。合間の時間で、インターネットで確かめると、「合格」の二文字が! 暗いシーンの撮影だったんですが、その場で大はしゃぎしてしまいました。両親にもすぐに報告しましたが、喜んでくれた反面、「入学までしっかりと勉強をするように」と、私を諭してくれました。
大学入学前は友達ができるか不安でしたが、入学式ですぐに気の合う友達が作れました。大学では一人の大学生として学問に打ち込んでいます。いまの勉強が将来の活動に活かせるようにしっかりと勉強します。もちろん、お仕事ではアイドルの鈴木愛理として、℃ -ute の表現力をもっと高めて、最高のパフォーマンスを魅せていきたい。大学生活も芸能活動も両方頑張ります。
進路選択で辛いのはいまだけ
その先の将来に向かって
進路選択をする上で、悩んだり、壁にぶつかったり、苦しいことがたくさんあると思う。私自身、受験生活を終えて感じたことは「辛いのはその時だけ」ということ。遊園地に行くことや映画を見ること、そして〝女磨き〞だって進路が決まった後でも十分できるはずです。ですから、いまはそうした「遊びたい」という気持ちをぐっとこらえて、現実に向き合うことが大切です。そして決めたことに向かって一直線に努力して欲しい。
あと、ご飯をしっかりと食べることは大切ですよ。きちんと食べて、元気に頑張って欲しいな。そして、納得いく進路に出合えたら、ぜひ℃-ute のライブで一緒に弾けましょう。
すずき・あいり(きゅーと)●1994 年4 月12 日、岐阜県生まれ、千葉県育ち。
モーニング娘。が所属する「ハロー! プロジェクト」から誕生した「℃ -ute」のメンバー。2005年に結成し、「第49 回日本レコード大賞最優秀新人賞受賞」「NHK 紅白歌合戦出演」「日本武道館単独コンサート」など、10 年近いキャリアの中で華々しい経歴を持つ。
[news]