トップページ > 連載 大学改革を問い直す > 連載第3回 大学改革を問い直す
連載第3回 大学改革を問い直す
2014/10/11
連載 大学改革を問い直す
第3回 グローカル化時代の人材育成
藤田英典
高等教育の国際化は、「知的国際貢献」を掲げた1984 年の「留学生受け入れ10万人計画」から始まり、2008 年からは「30万人計画」となり現在に至っている。
他方で、2000 年の大学審議会答申「グローバル化時代に求められる高等教育の在り方について」以来、グローバル人材の育成がキーワードとなり、留学生受入れだけでなく、日本人学生の留学や教員の国際交流を含めて、「高等教育の国際的な通用性・共通性の向上と国際競争力の強化」が重要課題とされてきた。
同答申は「グローバル化時代に求められる教養を重視した教育の改善充実」が重要だとして、①高い倫理性と責任感に基づく判断力・行動力②自他の文化に対する理解③外国語コミュニケーション能力④情報リテラシー⑤科学リテラシーの育成が重要だと提言した。この提言は02年の中教審答申「新しい時代における教養教育の在り方について」と05年答申「我が国の高等教育の将来像」に継承され、後者は「21世紀型市民」の育成が重要だとした。
ところが「学士力」概念を提示し定義した08年の答申「学士課程教育の構築に向けて」以降は、「学問の基本的な知識を獲得するだけでなく、知識の活用能力や創造性、生涯を通じて学び続ける基礎的な能力を培うこと」、特に後段の活用能力や生涯学習能力が強調されるようになった。学士力の四要素のうち、①「知識・理解」よりも、②「汎用的技能」③「態度・志向性」のうちの自己管理力、チームワーク、リーダーシップ、生涯学習力④「総合的な学修経験と創造的思考力」が強調されるようになった。それは、04年の厚生労働省「就職基礎能力」や08年の経済産業省「社会人基礎力」の影響と08年リーマン・ショック以降の大卒就職状況の悪化(第二次就職氷河期)が重なる中で人材育成の基本方針となり(10年からの文科省「就業力育成支援事業」)、多くの大学では、学生確保・就職率向上戦略の一環としても注力されるようになった。
以上の経緯と展開には3点で気がかりな面がある。第1に、05年の将来像答申までと08年の学士力答申以降の間には、教養と知識・理解の位置づけに重要な違いがあり、大学現場では教養の軽視と専門教育における実用性や、就職力等の「●●力」形成の偏重が目立つように見受けられる。第2に、80年代の人材育成面での諸外国への貢献を柱とする「知的国際貢献」が後退し、グローバル人材育成という自国中心主義の傾向が強まっているように見受けられる。第3に、地域社会の活性化というローカルな視点が弱いように見受けられる。
むろん汎用的技能や就職力等の形成も世界的に活躍できる人材の育成も重要である。しかし、幅広い豊かな教養を培い、国際貢献に取り組む若者や、グローバルな視点と知識を持ちつつ国内各地の地域社会の活性化に誇りを持って取り組む若者を育成することも等しく重要である。
その点で日本学術会議では『21世紀の教養と教養教育』(2010 年)において、教養と専門教育に関して次のような提言を行っており、参考に値する。市民的教養の育成のためには①集合的意志決定に参加する「市民的公共性」②社会の問題・課題を自らの事柄として引き受け、その解決・達成に取り組む「社会的公共性」③すべての個人の尊厳と人権を尊重し保障する「本源的公共性」を核とすることが重要である。そして学士課程の専門教育は①自分が学習している専門分野の内容を専門外の人にも分かるように説明できること②その専門分野の社会的意義について考え理解すること③その専門分野を相対化することができること(当該専門分野の限界について理解すること)の3要素を備えていることが求められる。
これらの要素を備えた教養・専門教育は、グローバルな場面でもローカルな場面でも連携・協働する基盤となりうるものであろう。
第3回 グローカル化時代の人材育成
藤田英典
高等教育の国際化は、「知的国際貢献」を掲げた1984 年の「留学生受け入れ10万人計画」から始まり、2008 年からは「30万人計画」となり現在に至っている。
他方で、2000 年の大学審議会答申「グローバル化時代に求められる高等教育の在り方について」以来、グローバル人材の育成がキーワードとなり、留学生受入れだけでなく、日本人学生の留学や教員の国際交流を含めて、「高等教育の国際的な通用性・共通性の向上と国際競争力の強化」が重要課題とされてきた。
同答申は「グローバル化時代に求められる教養を重視した教育の改善充実」が重要だとして、①高い倫理性と責任感に基づく判断力・行動力②自他の文化に対する理解③外国語コミュニケーション能力④情報リテラシー⑤科学リテラシーの育成が重要だと提言した。この提言は02年の中教審答申「新しい時代における教養教育の在り方について」と05年答申「我が国の高等教育の将来像」に継承され、後者は「21世紀型市民」の育成が重要だとした。
ところが「学士力」概念を提示し定義した08年の答申「学士課程教育の構築に向けて」以降は、「学問の基本的な知識を獲得するだけでなく、知識の活用能力や創造性、生涯を通じて学び続ける基礎的な能力を培うこと」、特に後段の活用能力や生涯学習能力が強調されるようになった。学士力の四要素のうち、①「知識・理解」よりも、②「汎用的技能」③「態度・志向性」のうちの自己管理力、チームワーク、リーダーシップ、生涯学習力④「総合的な学修経験と創造的思考力」が強調されるようになった。それは、04年の厚生労働省「就職基礎能力」や08年の経済産業省「社会人基礎力」の影響と08年リーマン・ショック以降の大卒就職状況の悪化(第二次就職氷河期)が重なる中で人材育成の基本方針となり(10年からの文科省「就業力育成支援事業」)、多くの大学では、学生確保・就職率向上戦略の一環としても注力されるようになった。
以上の経緯と展開には3点で気がかりな面がある。第1に、05年の将来像答申までと08年の学士力答申以降の間には、教養と知識・理解の位置づけに重要な違いがあり、大学現場では教養の軽視と専門教育における実用性や、就職力等の「●●力」形成の偏重が目立つように見受けられる。第2に、80年代の人材育成面での諸外国への貢献を柱とする「知的国際貢献」が後退し、グローバル人材育成という自国中心主義の傾向が強まっているように見受けられる。第3に、地域社会の活性化というローカルな視点が弱いように見受けられる。
むろん汎用的技能や就職力等の形成も世界的に活躍できる人材の育成も重要である。しかし、幅広い豊かな教養を培い、国際貢献に取り組む若者や、グローバルな視点と知識を持ちつつ国内各地の地域社会の活性化に誇りを持って取り組む若者を育成することも等しく重要である。
その点で日本学術会議では『21世紀の教養と教養教育』(2010 年)において、教養と専門教育に関して次のような提言を行っており、参考に値する。市民的教養の育成のためには①集合的意志決定に参加する「市民的公共性」②社会の問題・課題を自らの事柄として引き受け、その解決・達成に取り組む「社会的公共性」③すべての個人の尊厳と人権を尊重し保障する「本源的公共性」を核とすることが重要である。そして学士課程の専門教育は①自分が学習している専門分野の内容を専門外の人にも分かるように説明できること②その専門分野の社会的意義について考え理解すること③その専門分野を相対化することができること(当該専門分野の限界について理解すること)の3要素を備えていることが求められる。
これらの要素を備えた教養・専門教育は、グローバルな場面でもローカルな場面でも連携・協働する基盤となりうるものであろう。
[news]