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第63回 名古屋大学 濵口道成 第13代総長
2015/01/14
「勇気ある知識人を育てる」を目標に人材育成
名古屋大学 第13代総長
濵口 道成
「自由闊達・進取」を学術憲章に、世界に拓かれた大学へ
昨秋、赤㟢勇特別教授および天野浩大学院工学研究科教授のノーベル物理学賞のダブル受賞で社会をあっと言わせた名古屋大学(名古屋市)。日本人におけるノーベル賞の受賞者22人のうち6人が同大の関係者であることからもその教育力・研究力の高さがうかがえる。
進展するグローバリゼーションなど、さまざまな社会構造の変化に多様な施策と柔軟な姿勢をベースに大学改革に邁進する名大の濵口道成総長を訪ね、その源泉はどこにあるのかについて迫った。
ゆとりを持った心が世界的発見につながる
――ノーベル物理学賞の受賞に至った最大のポイントはどこにあるとお考えですか?
本学は学術憲章として「自由闊達」「勇気ある知識人の育成」を掲げ、私が公約する「濵口プラン」の実行をこれまで推し進めて参りました。その流れの中で、赤㟢勇特別教授や天野浩教
授らによるノーベル物理学賞受賞に立ち会えたことを非常に喜ばしく思っています。
また、日本人の受賞者22人中6人が名大の関係者であることはまさに本学の誉れだと言えるでしょう。なぜこうした結果を生み出すことができるのか。それは、他の大学にはない、本学独自の学風によるところが大きいと考えています。
まず、大学全体が開放的で自由な空間に立地していることが挙げられます。周りに高い塀がなく、自然と街並みに溶け込んでいます。だからこそ、学部間の垣根が全くなく、共同研究なども活発です。これは、本学がいわゆる縦割りではない組織づくりをしている点に由来しています。個性豊かな教員を配置し、それぞれがお互いの専門分野を尊重し合いながら関係性を保っているのです。
例えば、日本の素粒子物理学を牽引した坂田昌一氏は、自らを先生ではなく、“さんづけ”で呼ばせるようにしていたと聞きます。若い研究者を対等に処遇することで、自由な発想やひらめきを引き出そうと努めていたようです。
そしてもう一つ、本学の多様性を挙げたいと思います。全国から集まる研究者は、いずれも個性的な背景を持った先生方ばかりです。民間企業の研究職や学術審議会の座長を務めていたケースなど、さまざまな経歴の方々がそれぞれの視点で議論し合うため、多角的な視点で物事が論じられていきます。これはあくまでも事例の一つに過ぎませんが、こうした自由な環境の存在が、ノーベル物理学賞受賞といった快挙に無関係であるとは到底考えられません。
――天野教授は20代の時の研究が成功につながったとか。
赤㟢特別教授が過去に行った研究により青色発光ダイオードは部分的に完成されていました。それを天野教授が受け継ぎ、研究基盤を20代後半で作り上げていったのです。若い研究者ならではの柔軟な思考で取り組めたことが、後の受賞につながったと考えれば、現在の日本の縦割り社会の構造では優れた研究成果はなかなか生み出しにくいかもしれません。
本学では若手の育成に力を注いでおり、そのため教授陣の意欲は高く、論文の読み込みや仮説・論証への指摘にはとても鋭く厳しいものがあります。指導は徹底しているため、若手も手を抜くことができません。だからといって、若手研究者を縛りつけているわけではなく、自主性や主体性を重んじているからこそ、ごく自然な形で研究に没頭できる環境が醸成されていると言えるでしょう。
18歳人口は減少が続いており、2030 年にはより少子化が進行していることが確実視されています。社会構造の変化が余儀なくされていく中で、重要なのは若者の育成にほかなりません。その意味で今回のノーベル物理学賞の受賞が教えてくれるのは、私たちはもっと教育について考えていかなければならないという必要性です。
――大学教育は曲がり角に来ているということでしょうか?
社会的に国際化が進む一方、大学教育は遅れを取っている印象があります。本学では学内の国際化を進める一環として、留学生の受け入れを充実させ、ジョイントディグリー制度の整備はもちろん、昨年10月にはカンボジアやベトナム、モンゴルなどでサテライトキャンパスをオープンするなど、実効の上がる計画を断行しています。
このアジアサテライトキャンパスでは、各国政府の中枢人材の受け入れを積極的に進めていく予定です。将来的には名古屋大をハブとするアカデミックネットワークを各国とさらに深化させたいと考えています。また2009 年に国際化拠点整備事業(グローバル30)が採択され、11年から学部における全ての授業を英語で提供する「国際プログラム群」を開始するなど、グローバルスタンダードに対応できる教育システムの整備を進め、留学生の数も年々増加してきています。これらの多層的な取り組みにより、学びや研究の機会を増やし、各分野に影響を持つ実力派を育てていくことを目指しています。
実は、こうした人材育成のプロセスこそが、学部教育に反映されていくものです。本学の教育の根幹には優秀な研究者を育成するという役割のほかに、社会に貢献する人材を育てるという側面もあります。もちろん女性の社会進出を促すことも忘れてはいません。女性が自身のキャリアプランを描き出しやすいよう、女性の視点に立った教育を実践しています。「女性力」を磨くために、女性のリーダー育成を目指す「リーディング大学院」のプログラムや研究者として活躍する女性のために学内独自の「子育て支援コミュニティ」を配置するなど、本学ではさまざまな取り組みを具体的に行っています。
こうした多様な視点から施策を推し進めていくことが大学の教育力を高め、優れた人材の育成や研究者の養成につながるものと確信しています。
名古屋から世界に日本の教育力を発信
――これから目指す方向性をご披露ください。
国際化に向けた取り組みはもちろん、学内における教育制度の充実やアジア諸国をつなげる役割を果たすべく、世界にメッセージを発信できる大学でありたいと思っています。
その意味では、2014 年のノーベル物理学賞受賞は本学の教育力を発信できたチャンスであったと言えるでしょう。また、これは議論の分かれるところではありますが、世界における大学ランキングで上位に位置できていない現実を何とかしたい。本学に限った話ではなく、日本の大学界全体が考えるべきテーマの一つです。
近年のアジアでは、日本よりも優れた技術や研究が進められている国々がたくさんあります。例えば、フィリピンでは、作物に対する水害の危険を回避するために、農学が非常に発展しています。稲の改良種だけで12万種を超えるものが研究されているのに対して、日本のそれは4000種に過ぎません。確かに、これまでの日本はアジアを先導してきましたが、もはや世界中から追われる立場にあることを再認識すべきです。
そう考えれば、私たち日本人はアジアのリーダーであるという、ある意味小さな自負を捨て、世界を相手により一層の努力を積み重ねていかなければならない時代に突入したと言えるでしょう。
だからこそ、若い人材の育成が喫緊の課題であり、これまでのような旧体制による教育制度はすぐにでも打ち崩すべきなのです。
――高等学校の先生方に向けてメッセージをお願いします。
日本は周りを気にし過ぎて、自分を表現できていない若者が多いような印象があります。その原因がどこにあるのかと問われれば、多くは私たち大人にあるというのが私の持論です。
海外の若者は野心的で、瞳を輝かせていることに一刻も早く気がついて欲しい。だからこそ、教育は変わっていくべきだと思います。歯がゆいのは、日本の社会は若い人材をうまく育て切れていないという現状です。もっと自由に彼ら・彼女らが声を出せるよう、私たち教育者が環境を変えていかなければなりません。若者が失敗を恐れることなく挑戦できる時代の現出こそが、新しい価値観や文化の創出に直結します。高等学校の先生方にはそういった自由な校風のもと、生徒のみなさんのご指導に励んでいただきたいと思います。
名古屋大学 第13代総長
濵口 道成
「自由闊達・進取」を学術憲章に、世界に拓かれた大学へ
昨秋、赤㟢勇特別教授および天野浩大学院工学研究科教授のノーベル物理学賞のダブル受賞で社会をあっと言わせた名古屋大学(名古屋市)。日本人におけるノーベル賞の受賞者22人のうち6人が同大の関係者であることからもその教育力・研究力の高さがうかがえる。
進展するグローバリゼーションなど、さまざまな社会構造の変化に多様な施策と柔軟な姿勢をベースに大学改革に邁進する名大の濵口道成総長を訪ね、その源泉はどこにあるのかについて迫った。
ゆとりを持った心が世界的発見につながる
――ノーベル物理学賞の受賞に至った最大のポイントはどこにあるとお考えですか?
本学は学術憲章として「自由闊達」「勇気ある知識人の育成」を掲げ、私が公約する「濵口プラン」の実行をこれまで推し進めて参りました。その流れの中で、赤㟢勇特別教授や天野浩教
授らによるノーベル物理学賞受賞に立ち会えたことを非常に喜ばしく思っています。
また、日本人の受賞者22人中6人が名大の関係者であることはまさに本学の誉れだと言えるでしょう。なぜこうした結果を生み出すことができるのか。それは、他の大学にはない、本学独自の学風によるところが大きいと考えています。
まず、大学全体が開放的で自由な空間に立地していることが挙げられます。周りに高い塀がなく、自然と街並みに溶け込んでいます。だからこそ、学部間の垣根が全くなく、共同研究なども活発です。これは、本学がいわゆる縦割りではない組織づくりをしている点に由来しています。個性豊かな教員を配置し、それぞれがお互いの専門分野を尊重し合いながら関係性を保っているのです。
例えば、日本の素粒子物理学を牽引した坂田昌一氏は、自らを先生ではなく、“さんづけ”で呼ばせるようにしていたと聞きます。若い研究者を対等に処遇することで、自由な発想やひらめきを引き出そうと努めていたようです。
そしてもう一つ、本学の多様性を挙げたいと思います。全国から集まる研究者は、いずれも個性的な背景を持った先生方ばかりです。民間企業の研究職や学術審議会の座長を務めていたケースなど、さまざまな経歴の方々がそれぞれの視点で議論し合うため、多角的な視点で物事が論じられていきます。これはあくまでも事例の一つに過ぎませんが、こうした自由な環境の存在が、ノーベル物理学賞受賞といった快挙に無関係であるとは到底考えられません。
――天野教授は20代の時の研究が成功につながったとか。
赤㟢特別教授が過去に行った研究により青色発光ダイオードは部分的に完成されていました。それを天野教授が受け継ぎ、研究基盤を20代後半で作り上げていったのです。若い研究者ならではの柔軟な思考で取り組めたことが、後の受賞につながったと考えれば、現在の日本の縦割り社会の構造では優れた研究成果はなかなか生み出しにくいかもしれません。
本学では若手の育成に力を注いでおり、そのため教授陣の意欲は高く、論文の読み込みや仮説・論証への指摘にはとても鋭く厳しいものがあります。指導は徹底しているため、若手も手を抜くことができません。だからといって、若手研究者を縛りつけているわけではなく、自主性や主体性を重んじているからこそ、ごく自然な形で研究に没頭できる環境が醸成されていると言えるでしょう。
18歳人口は減少が続いており、2030 年にはより少子化が進行していることが確実視されています。社会構造の変化が余儀なくされていく中で、重要なのは若者の育成にほかなりません。その意味で今回のノーベル物理学賞の受賞が教えてくれるのは、私たちはもっと教育について考えていかなければならないという必要性です。
――大学教育は曲がり角に来ているということでしょうか?
社会的に国際化が進む一方、大学教育は遅れを取っている印象があります。本学では学内の国際化を進める一環として、留学生の受け入れを充実させ、ジョイントディグリー制度の整備はもちろん、昨年10月にはカンボジアやベトナム、モンゴルなどでサテライトキャンパスをオープンするなど、実効の上がる計画を断行しています。
このアジアサテライトキャンパスでは、各国政府の中枢人材の受け入れを積極的に進めていく予定です。将来的には名古屋大をハブとするアカデミックネットワークを各国とさらに深化させたいと考えています。また2009 年に国際化拠点整備事業(グローバル30)が採択され、11年から学部における全ての授業を英語で提供する「国際プログラム群」を開始するなど、グローバルスタンダードに対応できる教育システムの整備を進め、留学生の数も年々増加してきています。これらの多層的な取り組みにより、学びや研究の機会を増やし、各分野に影響を持つ実力派を育てていくことを目指しています。
実は、こうした人材育成のプロセスこそが、学部教育に反映されていくものです。本学の教育の根幹には優秀な研究者を育成するという役割のほかに、社会に貢献する人材を育てるという側面もあります。もちろん女性の社会進出を促すことも忘れてはいません。女性が自身のキャリアプランを描き出しやすいよう、女性の視点に立った教育を実践しています。「女性力」を磨くために、女性のリーダー育成を目指す「リーディング大学院」のプログラムや研究者として活躍する女性のために学内独自の「子育て支援コミュニティ」を配置するなど、本学ではさまざまな取り組みを具体的に行っています。
こうした多様な視点から施策を推し進めていくことが大学の教育力を高め、優れた人材の育成や研究者の養成につながるものと確信しています。
名古屋から世界に日本の教育力を発信
――これから目指す方向性をご披露ください。
国際化に向けた取り組みはもちろん、学内における教育制度の充実やアジア諸国をつなげる役割を果たすべく、世界にメッセージを発信できる大学でありたいと思っています。
その意味では、2014 年のノーベル物理学賞受賞は本学の教育力を発信できたチャンスであったと言えるでしょう。また、これは議論の分かれるところではありますが、世界における大学ランキングで上位に位置できていない現実を何とかしたい。本学に限った話ではなく、日本の大学界全体が考えるべきテーマの一つです。
近年のアジアでは、日本よりも優れた技術や研究が進められている国々がたくさんあります。例えば、フィリピンでは、作物に対する水害の危険を回避するために、農学が非常に発展しています。稲の改良種だけで12万種を超えるものが研究されているのに対して、日本のそれは4000種に過ぎません。確かに、これまでの日本はアジアを先導してきましたが、もはや世界中から追われる立場にあることを再認識すべきです。
そう考えれば、私たち日本人はアジアのリーダーであるという、ある意味小さな自負を捨て、世界を相手により一層の努力を積み重ねていかなければならない時代に突入したと言えるでしょう。
だからこそ、若い人材の育成が喫緊の課題であり、これまでのような旧体制による教育制度はすぐにでも打ち崩すべきなのです。
――高等学校の先生方に向けてメッセージをお願いします。
日本は周りを気にし過ぎて、自分を表現できていない若者が多いような印象があります。その原因がどこにあるのかと問われれば、多くは私たち大人にあるというのが私の持論です。
海外の若者は野心的で、瞳を輝かせていることに一刻も早く気がついて欲しい。だからこそ、教育は変わっていくべきだと思います。歯がゆいのは、日本の社会は若い人材をうまく育て切れていないという現状です。もっと自由に彼ら・彼女らが声を出せるよう、私たち教育者が環境を変えていかなければなりません。若者が失敗を恐れることなく挑戦できる時代の現出こそが、新しい価値観や文化の創出に直結します。高等学校の先生方にはそういった自由な校風のもと、生徒のみなさんのご指導に励んでいただきたいと思います。
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