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第5回 進路指導の効果

2016/10/04

連載 高大接続の理想と現実

第5回 進路指導の効果

中村 高康

 これまでの連載では、理念先行で脇に追いやられがちな「高大接続の現実」に焦点を当てて、議論を進めてきた。しかし、分析的な観点だけではなく、その分析を踏まえて実際にどのように指導すべきかという処方的な観点も必要である。私自身は分析のほうが専門なので、現場の先生方を差しおいて「こうすればうまくいく」といった処方を自信を持って提示できるわけではない。しかし、進路多様校での継続調査を時間をかけて進めていくうちに、いくつかはっきりしてきたこともあったので、それらを紹介し、多少なりとも実践のヒントになればと思う。
 私が調査した商業高校と工業高校では、生徒たちの中で学年が上がるにつれて次第に大学進学希望者が増える傾向にあった。それは、入学当初は商業高校や工業高校から大学に進学できるとは思っていなかった生徒たちが少なからずおり、その生徒たちが、(経済的・地理的な障壁さえなければ)推薦やAOを使ってかなりの確率で進学できるということを、徐々に理解するようになるからだと考えられる。しかし、商業と工業では3年生になった頃から少し違う傾向が現れる。工業では大学進学希望者が減る傾向さえあるのに、商業はそうはならないのである。データを詳細に分析したところ、商業では教師が成績の良い生徒を中心に進学を勧めがちであることが明らかとなった。このことから、学校の進路指導方針の在り方はその学校の生徒たちの進路に少なからず影響を与えるという厳然たる事実を、再確認したのである。
 一方で、指導上の課題もあった。それは、その他大勢の消極的な生徒たちへの指導だった。そうした生徒たちは進路ガイダンスにも、各種進路行事にも参加しているだけのようにも見えた。しかし、ここにも可能性を感じる出来事があった。調査対象校の3年生に、進路決定までの経緯を振り返ってもらうインタビュー調査をしてみると、一見効果がなさそうに見えた進路行事の話がしばしば登場したのである。例えば、進路ガイダンスで来校した専門学校の先生が話してくれたトリマーの話に興味を持ち、最終的な進路はトリマーになるための専門学校を選んでいた、といったケースである。もちろん、全体の割合からすれば多数とは言えないかもしれない。しかし、影響を受けた生徒がいるのも確かなのである。
 高校1〜2年生の間は、多くの生徒たちはほとんど進路に対して自分から積極的には動かない。私たちの調査でも、1年生で進路指導室に足を運ぶのは数パーセントに過ぎなかった。その一方で、「授業で聞いた進路の話」や「進路関係の行事で聞いた話」を参考にする生徒は、1年生でも5〜6割はいることが、アンケートの集計結果から明らかとなった。このように考えてみると、なかなか主体的には進路選択に取り組めない生徒や、まだイメージが湧かない1〜2年生の生徒には、ある程度一方通行になるのは覚悟のうえで、多くの情報をシャワーのように浴びせてみるという方法も、決してあなどれないように思われる。おとなしい生徒や消極的な生徒でも、彼ら・彼女らなりに考えていることもあるので、そのアンテナに何かがぶつかれば反応する可能性がある。
 キャリア教育を語る際には、しばしば主体的な進路選択が強調される。しかしそれ以前に、自分の知らないキャリアについて展望や選択ができる人はいない。主体的に判断するには情報が必要なのである。しかし実際は、情報が不足しているにも関わらず、自分からは情報を集められない生徒が多く存在するという現実がある。それならば、差し当たりは一方的でもいいから、できるだけ多くの情報にふれる機会を提供することも進路指導になるはずである。このことは、ある意味で当たり前のことではあるが、「主体性」が過度に強調されるご時世だからこそ、あえて再確認しておきたい。



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