トップページ > 連載 現代大学進学事情 > 第8回 進路指導に向けられる疑問の正体

前の記事 | 次の記事

第8回 進路指導に向けられる疑問の正体

2019/05/08

連載 現代大学進学事情

第8回 進路指導に向けられる疑問の正体

濱中淳子

 これから30人の個別相談に応じなければならないという状況を想像してみて欲しい。各相談に対し、自分の意見を述べる。30人中何人から「なるほど」と言われたら、及第点だと言えるだろうか。20人ではどうか。残りの10人から疑問の声が上がったら、心許なさを感じはしないか。
 高校生の大学進学をめぐる高校教員と母親の関係は、まさにその「20対10」という状況にある。「母親の子育て・教育観に関するアンケート調査」(概要は連載第一回を参照)のデータによれば、「お子さんが通っている高校の先生方の『進路指導』の内容に疑問を感じた経験はありますか」という質問に対し、「ある」と答えた現役高校生の母親は33%。3人に1人がすんなり受け入れられずにいる。
 ただ、ここで付け加えておくべきは、母親たちは子どもの進路を考える上で、高校教員を「拠り所」にもしていることだ。データからは、多くの母親が頼れる存在として教員の話に耳を傾けている様相がうかがえる。拠り所にしているからこそ、指導内容に敏感に反応してしまう。疑問を抱く母親の多くは、このケースだとみて良いだろう。
 我が子を思うがゆえの疑問―こう表現すれば、次のように考える方も多いのではな
いか。すなわち、昨今の母親たちの間では、資格領域への進学や推薦入試受験を望む安定・安全志向が強い。この志向が、背伸びを提案する教員の進路指導を否としているのではないか。しかし、調査データで検証すると、その期待は見事に裏切られる。「母親の志向」と「教員に対する疑問」に関係はなかった。
 では、どのような母親が高校の進路指導に疑問を持つようになるのか。母親の学歴や働き方、子どもの性別や通っている学校のタイプなど、さまざまな要因を想定しながらていねいにデータを見直すと、基本属性以上に次の二つが「進路指導への疑問」を理解するポイントであることが見えてきた。
 一つは、母親自身の迷いや後悔が、指導をめぐる疑問へと形を変えている可能性だ。
 調査には、「もし、子育てを『1』からやり直すとしたら、同じようにお子さんに接しますか。それとも違った方法でお子さんに接しますか」という項目を入れた。「違った方法で接する」と回答した母親は、学習面、進路選択面、生活面いずれも4〜5割。そして「違った方法で接する」という母親ほど、高校の進路指導に疑問を呈するという結果が抽出された。
 世には「ネガティブシンキング」という言葉もある。例えば後ろ向きに考える「癖」のようなものがあり、その癖ゆえに自分の子育てや学校のあり方を悲観的に見てしまう。以上の結果がこうした関係性を示唆している蓋然性は低くない。
 もう一つのポイントは、「進路指導面への信頼は、何も進路指導のありようのみで形成されているわけではない」というものである。
 調査に含めた高校の先生方への疑問に関する質問について、いま少し説明すれば、進路指導面と共に、教科指導面と生活指導面についても尋ねている。そしてこれら三つの回答の関係性を見ると、かなり高い相関が確認される。つまり、進路指導に納得している母親は、教科指導や生活指導にも納得している。進路指導に疑問を感じる母親は、教科指導や生活指導にも疑問を感じている。高校の教員に対する評価は「総体的」になされるのであって、指導ごとになされるわけではない。
 冒頭で示した30人の相談という例え話に戻ろう。全員の説得は難しいだろうが、8〜9割の賛意を得られれば、心強いといったところではないか。では、高校教員たちは進路指導でそれぐらいの状況を生み出せるのか。以上の議論を踏まえる限り、その水準を目指すために向き合わなければならない課題は、あまりに大きいように思われる。



[news]

前の記事 | 次の記事