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第9回 浪人は有利?不利?の怪
2019/05/10
連載 現代大学進学事情
第9回 浪人は有利?不利?の怪
濱中淳子
5〜6年前になるだろうか。ある高校教員から、「現役で大学に進学するか、浪人で大学に進学するかによって、その後のキャリアに違いがあるというエビデンスはあるのですか?」という質問を受けた。その教員は、浪人した方が豊かなキャリアに恵まれると予想していたらしい。苦労を経験し、現役時代は手が届かなかった大学に進学することの意味は大きいに違いない、という考えからだった。
現役か、浪人か。確かに高校現場にとっては重要な問いであろう。私自身も気になったため、機会のあるごとに検討を重ねるようにしてきた。言うまでもなく、現役と浪人のどちらが望ましいのか、直接的な検証を行うことはできない。高校三年間、勉強に打ち込めず、滑り止めの大学にしか合格できなかったAさんがいたとしよう。「現役がいいか、浪人がいいか」を正確に捉えるためには、Aさんが滑り止め受験をした大学に進学した場合の人生と、一年の浪人生活を経て進学した場合の人生を比較することが必要になる。しかし、当然ながらそのようなことはできない。歴史に「もし」は存在しないからだ。できるのは、考えるための手掛かりを探すぐらいであり、そのような作業を数年ほど続けてきた。
したがって、いまだに確固たることは言えないが、およそ見えてきたのは、「現役か浪人か、それ自体が就職やその後のキャリアに影響を与えることはなさそうだ」ということである。現役生のキャリアと浪人生のキャリアとの間に目立った違いはなく、現役か浪人かということより、学びへの積極性のほうがよほど大きな影響を及ぼすことが抽出された。
なるほど、そこから敷衍すれば、充実した学びを求めての浪人生活であれば、やはり意味があるという解釈もできる。しかし、ここで保護者や生徒たちの世界に目を移すと、こうした理解とは異なる論理が働いていることに気づく。「浪人すると、就職に不利になるんですよね?」。関わってきた一般向けのセミナー・講演会などで、幾度となく耳にした質問である。
つまり、「誤解」とすら言える見方が一部で共有されている。実は、「母親の子育て・教育観に関するアンケート調査」(概要は連載第一回を参照)には、その辺りを確かめるための仕掛けを施しておいた。具体的には「大学浪人すると、就職のときに不利になる」という項目を用意したのだが、「そう思う」と回答した母親は3人に1人という割合だった。
ただ、この誤解をめぐって強調すべきは、こうした回答分布より、むしろ「誤解を抱きやすい層というものが、なんら抽出されなかった」という点なのかもしれない。女子の母親だと「浪人は不利」と考えるようになるわけでもない。子どもが通う高校のタイプによる違いも出てこない。母親自身や配偶者(父親)の教育経験も関係なければ、キャリアの影響も見出されない。まだ分析の余地はあるのだろうが、例えば、浪人のイメージは霧のような漠然としたものであり、情勢、風潮、空気の力のようなものとして理解したほうが適切だということではないだろうか。
さて、これまで9回にわたって、保護者(母親)という切り口に着目して、現代大学進学事情を説明してきた。振り返ってみれば、母親自身の学歴や働き方、情報収集のありようなどが、我が子の大学進学をめぐる態度を決めるといったロジックでの議論が多かったように思う。因果に基づく理解が大事だと判断していたからだが、ただ他方で、因果を超えた空気のようなものに現代を読み解く重要な鍵が隠されている場合もある。
第9回 浪人は有利?不利?の怪
濱中淳子
5〜6年前になるだろうか。ある高校教員から、「現役で大学に進学するか、浪人で大学に進学するかによって、その後のキャリアに違いがあるというエビデンスはあるのですか?」という質問を受けた。その教員は、浪人した方が豊かなキャリアに恵まれると予想していたらしい。苦労を経験し、現役時代は手が届かなかった大学に進学することの意味は大きいに違いない、という考えからだった。
現役か、浪人か。確かに高校現場にとっては重要な問いであろう。私自身も気になったため、機会のあるごとに検討を重ねるようにしてきた。言うまでもなく、現役と浪人のどちらが望ましいのか、直接的な検証を行うことはできない。高校三年間、勉強に打ち込めず、滑り止めの大学にしか合格できなかったAさんがいたとしよう。「現役がいいか、浪人がいいか」を正確に捉えるためには、Aさんが滑り止め受験をした大学に進学した場合の人生と、一年の浪人生活を経て進学した場合の人生を比較することが必要になる。しかし、当然ながらそのようなことはできない。歴史に「もし」は存在しないからだ。できるのは、考えるための手掛かりを探すぐらいであり、そのような作業を数年ほど続けてきた。
したがって、いまだに確固たることは言えないが、およそ見えてきたのは、「現役か浪人か、それ自体が就職やその後のキャリアに影響を与えることはなさそうだ」ということである。現役生のキャリアと浪人生のキャリアとの間に目立った違いはなく、現役か浪人かということより、学びへの積極性のほうがよほど大きな影響を及ぼすことが抽出された。
なるほど、そこから敷衍すれば、充実した学びを求めての浪人生活であれば、やはり意味があるという解釈もできる。しかし、ここで保護者や生徒たちの世界に目を移すと、こうした理解とは異なる論理が働いていることに気づく。「浪人すると、就職に不利になるんですよね?」。関わってきた一般向けのセミナー・講演会などで、幾度となく耳にした質問である。
つまり、「誤解」とすら言える見方が一部で共有されている。実は、「母親の子育て・教育観に関するアンケート調査」(概要は連載第一回を参照)には、その辺りを確かめるための仕掛けを施しておいた。具体的には「大学浪人すると、就職のときに不利になる」という項目を用意したのだが、「そう思う」と回答した母親は3人に1人という割合だった。
ただ、この誤解をめぐって強調すべきは、こうした回答分布より、むしろ「誤解を抱きやすい層というものが、なんら抽出されなかった」という点なのかもしれない。女子の母親だと「浪人は不利」と考えるようになるわけでもない。子どもが通う高校のタイプによる違いも出てこない。母親自身や配偶者(父親)の教育経験も関係なければ、キャリアの影響も見出されない。まだ分析の余地はあるのだろうが、例えば、浪人のイメージは霧のような漠然としたものであり、情勢、風潮、空気の力のようなものとして理解したほうが適切だということではないだろうか。
さて、これまで9回にわたって、保護者(母親)という切り口に着目して、現代大学進学事情を説明してきた。振り返ってみれば、母親自身の学歴や働き方、情報収集のありようなどが、我が子の大学進学をめぐる態度を決めるといったロジックでの議論が多かったように思う。因果に基づく理解が大事だと判断していたからだが、ただ他方で、因果を超えた空気のようなものに現代を読み解く重要な鍵が隠されている場合もある。
最終回である次回は、この空気を取り上げたい。現代大学進学を取り巻く空気がどのようなものか。「過保護社会ニッポン」―予告めいたことを記せば、これが本連載を締めるキーワードになる。
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