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第6回 調査書評価の課題と展望

2019/11/18

連載 入試研究からみた大学入試

第6回 調査書評価の課題と展望

西郡大

 一般入試における多面的・総合的評価について苦慮している大学は多いだろう。「筆記試験に加え、『主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度』(以下、「主体性等」)をより積極的に評価するため、調査書や志願者本人が記載する資料等の積極的な活用を促す」という方針が文部科学省から示されたからだ。さらに、同省は令和4年度に実施される入試をめどに、全面的に調査書の電子化を目指す方針であり、既に調査研究の委託事業が進行中だ。第6回は、調査書評価の課題と展望について考えたい。
 まず、調査書作成に携わる高校教員の負担が挙げられる。現行制度でも調査書の提出を求めるものの、主体性等を評価するため調査書に配点して直接的な材料とする大学は稀だ。しかし、調査書が主体性等評価の直接的な材料として活用されるのならば、高校教員の調査書作成に費やす労力が増すことは容易に想像できる。さらに、調査書様式の見直しにより、「指導上参考となる諸事項」の記述欄が拡充され、枚数制限の緩和と共に、弾力的な調査書作成が可能となる。各高校は、生徒たちに関するさまざまな情報(活動実績、生活記録、性格的な特性など)を蓄積して、それらを確実に調査書に反映することが求められる。そうなれば、調査書作成の力量(記述内容や情報量などの差)が従来以上に拡大することは明らかだろう。
 次に、「受験生の納得性」に関する問題だ。例えば、調査書以外の学力検査の総合得点が他の受験生と同程度だったにも関わらず、調査書が評価されずに不合格となった当事者は、どう認識するだろうか。志願者本人が記載する資料であれば、自分がアピールしたいことを記載できるが、本人以外が作成する調査書では、それができない。大学入試の面接試験において、十分に発言の機会があり自己アピールができたと感じた受験者は、当該試験に対する達成感や肯定感が高まることについて前号で紹介した。この知見を踏まえれば、自らが作成できない調査書が採点されるのは、自己アピールの機会が得られない状況と重なる。そのため、不合格という結果に対する納得性が得られず、評価に対する不満につながりやすい。成績開示によって、「(他人が書いた)調査書によって不合格になった」と受験生に認識されれば、深刻な問題へと発展しかねない。調査書を作成する高校教員の負担は計り知れないだろう。 
 こうした調査書評価に対する不安を考慮すれば、一定の配点を設けて点数差をつけることで合否への影響力を持たせるのか、あるいは学力検査や他の選考資料等を軸とした補助的な資料として活用するのか—。評価の位置づけはとても重要となる。今後の調査書様式の見直しや電子化の議論にもよるが、現時点では補助的な資料として扱うのが現実的だろう。例えば、志願者本人が記載する活動実績報告書や志願理由書などを中心に評価し、調査書は参考資料とするなどだ。これにより調査書評価は間接的なものとなり、高校教員の負担増大の問題や、不合格に対する受験者の納得性の問題について一定の配慮ができる。ただし、大学にとって志願者に申請書類作成の負担を課すことは、受験敬遠の要因になりかねず、全員が原則として提出する調査書を評価するほうが合理的という考え方もある。当分はこうした葛藤の中で調査書評価を捉える必要がある。
 近年のインターネット出願の普及は、種々の出願情報の電子化を可能にし、書類審査の電子化に向けた評価環境の構築を加速させた。筆者の所属大学では、既に電子的に書類審査を行うことができるシステムの運用を開始し、新たな仕組みに手応えを感じている。ただし、調査書が紙であるうちは、必ずしも効率的ではない。近い将来、調査書が電子化されることで、他の選考資料(本人申請書類や面接評定など)と効果的に組み合わせて抽出するなど、紙ではできなかった調査書活用の在り方が提案されるはずだ。


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