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第7回 高等教育の拡大と修学支援

2020/11/13

連載 大学改革と高等教育政策

第7回 高等教育の拡大と修学支援

濱中 義隆

 「高等教育の修学支援新制度」の創設は、これまで公的な給付型奨学金制度が諸外国に比べて貧弱であったとされる日本において、画期的であることは確かだ。ただし、正確性を期すために付け加えておくと、経済的理由による授業料減免に対する国庫からの補助は長らく実施されており、給付的な支援がこれまで全くなかったわけではない。そもそも、同一年齢人口の1割程度が進学可能に過ぎない国・公立大学の授業料が、私立と比べて低く設定されていること自体、学力上位層に対する奨学措置であるとも考えられ、とりわけ大都市圏以外の地域における大学進学の機会均等に寄与してきた。
 もちろん、四年制大学への進学率が5割を超え、短期大学・専門学校を含めた高等教育機関への進学率が8割に達する今日、学力上位層のみの機会均等だけで社会的な納得を得られるはずもない。産業構造の転換等により、高校新卒での良好な雇用機会が縮小すると同時に、高等教育修了者がマジョリティとなることで、進学しないこと自体が何らかの不利益をもたらすとみなされるようになる。こうした高等教育への進学を半ば強制されるかのような社会においては、機会均等もさることながら、教育費の負担そのものが多くの国民にとっての関心事となるからである。
 それでも経済の成長期であれば、家計所得の向上によって、進学需要の増大を吸収するだけの余力を得られたかも知れない。事実、高度経済成長期から1990年代にかけての高等教育の規模の拡大は、そうした家計による費用負担に支えられてきた(その結果、私立大学が多数を占める今日の日本の高等教育システムが形作られることになったのだが)。
 現実には、2000年頃を境にして、家計の可処分所得が減少に転じた。家計による費用負担力の低下と増大する進学需要のギャップを埋めたのは、周知のとおり日本学生支援機構(当時は日本育英会)の貸与型奨学金である。1999年より有利子貸与の学力・収入基準の緩和と共に人数枠を大幅に拡大し、それまで無利子貸与を含めて1割強であった奨学金利用率が、2010年には35%に達し、以降4割弱の水準で推移している。利用率の急激な増加は、それ以前から存在した奨学金への需要が、枠の拡大により顕在化したものと見たほうが正確かもしれないが、ともあれ2000年代以降の進学率の上昇は少なからず貸与型奨学金によって支えられていたと言って良い。
 奨学金の利用者が増加する中、2010年前後の就職難の時期には、卒業後に安定した職に就けなかった者が奨学金の返還困難に陥る事例が多発し、マスコミ等でも取り上げられた(そのわずか数年前には、回収・督促が杜撰だとして日本学生支援機構の行政機関としての不作為を批判する報道がほとんどだったことも付言しておこう)。奨学金の増加分のほとんどが有利子貸与だったこともあり、奨学金の「金融ビジネス化」といった批判まで現れた。実際には、貸付原資となる財政投融資資金の調達利率と奨学金の貸与利率は連動しているだけでビジネスでも何でもない。むしろ、財政投融資を活用した有利子貸与だったがゆえに、緊縮財政の中での利用枠の拡大が可能だったに過ぎない。それはともかく、奨学金の返還困難が中所得層の教育費負担への不安を喚起したことは想像に難くない。
 今般の新制度が、当初「大学無償化」として報道されていたことを記憶している方もいるだろう。中所得層以上も含めた教育費負担の軽減措置の導入として期待された節もある。世代間での格差の固定化を防ぐため、経済的困難層への支援が重要であることは言うまでもない。同時に、中所得層以上の教育費負担への不安をどう解消するのか。給付型の支援は極めて限定的にしか適用できない新制度の現状を踏まえれば、貸与型奨学金の今後のあり方も含めた、一層精緻な制度設計が求められる。



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