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第6回 「国立大学授業料値上げ検討」問題に際して③

2024/10/16

連載 高校生のための大学四方山話

第6回 「国立大学授業料値上げ検討」問題に際して③

村澤 昌崇


 東京大学は令和6年9月24日、ついに令和7年度の入学者から授業料を値上げすることを決定した。すでに東大に先立つ形で値上げした国立大学が数校存在するにも関わらず、報道各社はこのニュースを大きく取り上げた。それだけ東大の動きは社会的関心が高く、インパクトも大きい。今回ももう少し授業料問題についてふれておきたい。

 東大授業料値上げの議論を見ていると、経営の限界を訴える大学側と、低廉な教育機会保障の崩壊や家計の限界を訴える批判側という単純な二項対立と化している。しかし、授業料にはほかにも意味が込められている点が置き去りにされている。その一つが、支払った授業料が在学中だけではなく卒業後生涯にわたってどのような利益をもたらすのか、という点だ。これまでの批判の中には、値上げ分が学生のために使われるのか疑問を呈する論点もあり、これに答えるかのように東大も学修環境整備に66億円を充てるとして批判をかわそうとはしている。しかしこの議論の応酬自体、双方が授業料のもたらす効果を近視眼的にしか捉えていないことを暗に示している。

 この点を専門的に扱うのが「教育の経済学」研究だ。私はこの研究の専門ではないため、詳細は専門書を参照いただきたいが、この研究は主として教育を受けることの金銭上の効果を検討してきた。例えば学歴別に一生涯で稼ぎ出す賃金の総額を比較する。令和5年のJILPTによる『ユースフル労働統計2023』の分析では、60歳までの退職金を除く生涯賃金は、男性で高校卒2億円、大学卒2億5000万円、女性は高校卒1億5000万円、大学卒2億円となる(中学卒、専門学校卒、高専・短大卒、大学院卒分は省略)。大卒者は高卒者に比して5000万円も多く稼ぎ出していることが分かる。この差額を、大学に支払う授業料4年間分と大学に行かずに高卒で働いた場合に得られたであろう賃金4年間分(放棄所得: おおよそ1000万円前後とされる)の合計額を投資(あるいは預金)と見なした場合に得られる運用益とし、どの程度の利子率となるのかを算出するのが収益率(預金の利子率に相当)の研究だ。収益率の計算法はほかにもあるが、東北大学の島一則教授の平成29年の研究によれば、国立大の収益率は8・6%、私立大は6・4%。現在の日本の貯金の利率の低さ(ゆうちょの元金100万円とした10年定額貯金の利率が0・13%、国債の30年・40年利回りでさえ2%を超える程度)と比較すれば、破格の利回りだと言える。東大の平均収益率はさらに高いだろう。ただ、この収益率は性別、学部の専門分野、大学の序列上の位置、職業・産業などに応じて異なるため、あくまで目安ではある。

 この収益率研究は、我々に重要な示唆を与えてくれる。大学に進学し授業料を払うということは❶同時に4年間分の収入を失うという点、❷授業料(+放棄所得)がその対価としての目先の教育サービスにとどまらず、生涯にわたって高い利益をもたらし得る点だ。前者については、我々は授業料値上げという目先のコスト負担だけではなく、「隠れたコスト」負担も含めた、より精緻な議論の必要性を示す。後者については、高額の授業料を課す私学でも収益率が一般の預金や国債の利率よりも高いことから、国立大の授業料値上げの根拠にされかねないが、値上げをすれば当然収益率は下がる可能性があり(経済変動要因があるため一概には言えない)、収益性における国立大の優位性や存在意義が薄くなる点、必ずしも個々人が一律に収益にあずかる保証はないにも関わらず、確実に授業料負担と所得の放棄が個々人に課せられる点には留意する必要がある。このほかにも社会全体にもたらす収益という視点もあり、議論すべき点は尽きないはずだ。

 東大はすでに決定してしまったが、他大学には精緻な議論と証拠に基づいた選択をして欲しいものだ。

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