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第8回 大学は社会にどう認識されているのか

2024/12/15

連載 高校生のための大学四方山話
8回 大学は社会にどう認識されているのか
村澤 昌崇

 東京大学の授業料値上げ問題を契機として、人々の関心が大学へと向けられたが、残念ながら現在では話題として取り上げられる頻度が減少しているようだ。これもやむを得ないことであり、そもそも日本において大学に関する主要な関心事は、いまも昔も大学入試・受験に集中しているからではないだろうか。さらに、東大をはじめとする「国立大学の授業料値上げ問題」となれば、関心を持つ層は限られてしまうのが現実だ。それを踏まえると、この半年足らずの間に大きく報道され、多くの人々の注目を集めたこと自体が、奇跡とも言えるだろう。
 この推測を裏づける興味深い調査結果があるため紹介したい。矢野眞和氏が成人を対象に行った意識調査であり、以下の7つの領域(雇用環境、医療介護、年金、子どもの学力、公立中高の整備、高校無償化、大学進学機会)について、関心の程度と「税金が増えても積極的に進めるべき政策かどうか」を尋ねている。調査結果の詳細は『教育社会学研究』第90集に掲載された矢野氏の論文をご参照いただきたいが、主な分析結果は次の通りだ。まず「非常に関心がある」と回答した割合は、雇用環境については372%、医療介護は603%、年金は630%、子どもの学力は312%、公立中高の整備は214%、高校無償化は255%、そして大学進学機会の格差については148%だった。また、税金投入への賛否について、「賛成」「どちらかといえば賛成」の合計は、雇用環境は627%、医療介護は780%、年金は693%、子どもの学力は615%、公立中高の整備は527%、高校無償化は332%、そして大学進学機会の格差については249%となっていた。
 これらの結果を見ても分かるように、全般的に教育問題への関心が低く、教育問題への税金投入の優先順位が低い。この傾向を踏まえ、矢野氏は「教育劣位社会」であると主張している。特に大学問題については、初等・中等教育の課題と比較しても、関心や優先順位がさらに低く、高等教育の研究者としては嘆かわしい現状と言える。
 なお、矢野氏の分析は平成24年のものであり、すでに10年以上が経過しているし、同論文中で矢野氏自身も指摘しているように、社会意識は不安定でもある。それゆえ現時点でも同様の社会意識となっているかどうかは不明だ。しかし、この調査結果が示唆するのは、国立大の授業料問題への関心が一部の受験生やその保護者、国立大の教職員といった限られた層にとどまっており、その割合は12割程度に過ぎないかもしれないという点だ。つまり、89割の国民は大学進学機会の問題に関心を持たず、国立大への税金投入に消極的または否定的である可能性が高い。さらには、国立大の授業料値上げについても、自身には関係がないため潜在的には歓迎している場合さえあるかもしれない。もちろんさすがにこれは極論ではあろうが、大学進学機会の8割を私立大に依存している我が国において、その8割の学生と保護者が国立大の倍以上の授業料負担を強いられている現状がある。そんな中で国立大の10万円程度の値上げやそれに伴う識者による機会均等の喪失への懸念表明は、所詮ごく少数派の国立大学関係者による微視的な主張に過ぎないのかもしれない。このような現状において、筑波大学の永田恭介学長と早稲田大学の田中愛治総長が提唱する「国民的議論」(朝日新聞Thinkキャンパス)を喚起し理解を得るのは、容易ではないだろう。
 このように、日々大学の中で悪戦苦闘している大学教職員や学生、そして私のような高等教育研究者の多くにとって、最高学府としての大学は社会的にも重要な存在だと信じているが、社会全体からすれば必ずしもそうではないのだ。大学の大衆化が進んだとはいえ、大学はいまだ社会に充分に馴染んでいない、とも言える。次回はその一例を独自調査により紹介しよう。

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