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第10回 答申を愚痴って終わる本連載
2025/03/15
第10回答申を愚痴って終わる本連載
村澤 昌崇
一年間にわたり本連載を担当してきた。当初の試みは中途で放置し、俄にわかに生じた授業料値上げ問題を中心に議論を提示してきた。放置した「大学教授職」に関する話にはもうあえてふれないこととする。ご容赦いただきたい。
最後に、本連載の総括で終えようと思ったが、2月21日に文部科学省中央教育審議会の答申が出たため、これにふれておかねばなるまい。「知の総和」「高等教育の再構築」を謳った同答申の骨子は、高等教育の研究・教育における「質の高度化」、高等教育機関の再編・統廃合や縮小・撤退の支援まで視野に入れた「規模の適正化」、高等教育進学において地理的・経済的に不利な人に対する配慮を謳う「アクセスの確保」の三つが主要な提言となっている。近年は世界情勢の緊張・分断が加速化し、将来の予測不可能性が高いため、答申のまとめは従来よりも相当骨が折れる作業だったように思う。この点において答申に関わった方々には敬意を表したい。
しかし、あえて辛口批評をすれば、上述のような困難さはあったとはいえ、同答申には新規性も独創性もない。今回の答申の内容は、高等教育の関係者の誰もがおそらく実感していることを整理したに過ぎず、方策も対症療法にとどまり、未来への希望ある方向性を何ら示していない。「知の総和」「高等教育の再構築」という言葉も答申本体との連動性を欠き空回りだ。
一番の課題は、高等教育に迫る深刻な状況に無頓着な点だ。実は欧米の関係者の間では、企業等の高等教育機関以外の組織により「マイクロクレデンシャル」という短期学習証明をオープンバッジ・NFT等のデジタル暗号技術(暗号通貨にも使われている偽造改竄困難なブロックチェーン技術)により提供する教育研修プログラムが、高等教育機関の存在意義を揺るがしかねないとして、みなこの話題で持ちきりなのである。特に、IoT、AI(人工知能)・機械学習・データサイエンス、情報セキュリティなどの知識技術の創造・更新が速く、大型の実験研究装置が必須でない分野にて、短期間で習得でき、かつ職場で即座に使える先端知識技術を提供するプログラムと、デジタル化され持ち運び可能な学習証明書(
オープンバッジ・NFT)が、近年の当該分野におけるリスキリング(新しい知識の学び直し)、アップスキリング(知識の高度化・更新)需要と合致し、急速に利用者が拡大しているのだ。
詳しくは大学改革支援・学位授与機構の野田文香教授の論文をお読みいただければと思うが、日本でもこのような動向に追従する動きはある。しかし、オープンバッジによる学習証明のポータビリティのみが焦点化され、それら教育プログラムの短期かつ即効でのスキル習得の優位性や、背景にある米国大手企業の一部高給ポストにおける「学位よりもスキル」需要の高まりへの認識が不足しているように思う。つまり、企業が大学での教育機能に見切りをつけ、独自の人材養成・生涯学習機能を用意しつつあるのだ。従来の大学教育を短期かつオープンバッジに変換すれば済むわけではない。これは言い換えれば、数年間を要し、授業料も値上げされ、市場のリカレント需要にも合致しているとは言えない大学での学修と学位が、背を向けられつつあるということでもある。また、研究面では、近年データサイエンスの領域においては、企業による実験研究の開発と社会実装が著しく発展し、機械学習や因果推論の研究を牽引しているという事例もある。加えて、30年前の大学院拡充政策の失敗による慢性的な大学院定員未充足という我が国の現状も踏まえて敷ふ衍えんすると、今後日本では、むしろ威信の高い大学における教育研究機能の存在意義でさえ、問われかねない情勢に直面しうるのだ。以上はあくまで氷山の一角に過ぎないが、答申には切迫感がなく他人事のように見える。では、大学をどうすべきか―。これを読者への宿題として課し、本連載を終えようと思う。
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