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第1回 状況論から考えるキャンパスの役割(上)

2025/05/18

連載 関係性から考える大学のアレコレ
1回 状況論から考えるキャンパスの役割(上)
佐藤 万知

 4月。新入生を迎え入れるキャンパスはいろいろな人やモノであふれる。科目選択や履修登録を支援するブース、新入生を勧誘するための看板やポスター、健康診断のための車両、教科書やパソコンの販売コーナーなどが設置され、新入生らしき学生に声をかける人たち、そしてスマートフォン片手にキョロキョロとしている新入生たちがあちこちに立っている。いつもと同じようにキャンパスを歩こうとするとうまくいかないので、大学に長くいる教職員や大学院生は、裏道・抜け道を使って移動することになる。そのような華やかで少し緊張感のある空気が、5月にもなれば不思議と落ち着いてくる。それは新入生がキャンパスや大学生活、大学生であるということに馴染み始めているサインなのだろう。ところが、そのような風景が繰り広げられるキャンパスの役割が問われている。
 令和2年の春、新型コロナウイルス感染症拡大予防のため、多くの大学が入学式を中止し、キャンパスを閉鎖。授業はオンラインに移行した。対面での活動が極端に制限され、繰り返し緊急事態宣言が発出される中、一旦始めた一人暮らしをやめ、実家に戻る学生も出てきた。各大学の創意工夫でオンラインでも学ぶことはできる、という考えが広まった一方で、大学や学生生活に関して問われるようになったこともある。
 実際、令和59月に盛山正仁前文部科学大臣による中央教育審議会への諮問では、「コロナ禍を契機として遠隔教育が急速に普及し、その可能性と課題が明確になった」ことから「学生や教職員がキャンパスに集まって行われてきた従来の高等教育の在り方を抜本的に変えることも予測されます」という一文が含まれている。オンライン授業で学ぶことができるなら、キャンパスに行く必要はないのではないか、キャンパスの役割は何か、と問われていると言える。みなさんだったら、キャンパスの役割をどのように検証するだろうか。
 ところで、冒頭の「馴染み始めている」ということに話を戻そう。馴染んでいく、とはどういうことなのだろうか。新入生は何に馴染んでいくのか。そして馴染んでいくプロセスでは何が起きているのだろうか。
 これらの疑問に取り組む際に役に立つものの見方の一つが、「状況論」と呼ばれる理論である。状況論では、認知、すなわち物事を知る、知識を持つ、思考することを含む学習、を個人の頭の内部に閉じたものとして考えるのではなく、人とモノの相互の「動き」や関わり合いの中で少しずつ作られていくものとして捉える。認知についての研究には、人の頭の中と外を区別し、学習を何かを内化していくことと捉え(つまり頭の中で起きていること)、そのプロセスを明らかにしようとする見方がある。これに対し、状況論は、頭の中と外を区別するのではなく、そもそも学習というのはある状況を自分自身も関わって作っていくこと、参加していくことと考える。すなわち関係性、相互作用性を重視する。そして状況が作られていくさまを描き出そうと試みる。
 少し抽象的な説明になったが、新入生がキャンパスに馴染んでいくことを例にとると、初めの1週間はどこに何があるのかも分からず、教室や事務室を探してウロウロとする。しかし、時間が経つと、自分にとって意味のある場所ができてくる。午前の授業を終えたら、この場所でお昼を食べると午後の授業に間に合う、図書館はこの階に自分の関心のある本が集まっている、友達と集まるならあの建物のラウンジだとソファが気持ち良い、といった具合だ。そうすると看板にあるキャンパスマップとは異なる、自分にとってのキャンパスができあがり、そこでの振る舞いが身についてくる。つまり大学生になってくる。このように考えることが状況論的に考えることである。では、こう考えることでキャンパスの役割をどう検証できるのか。次回の連載で考えていきたい。


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