トップページ > 連載 関係性から考える大学のアレコレ > 第7回 大学の雰囲気を作る実践コミュニティ

前の記事 | 次の記事

第7回 大学の雰囲気を作る実践コミュニティ

2025/12/10

連載 関係性から考える大学のアレコレ
7回 大学の雰囲気を作る実践コミュニティ
佐藤 万知 

 コミュニティ・オブ・プラクティス、あるいは実践コミュニティという言葉を耳にしたことはあるだろうか。本連載1回目に紹介した状況論において重要になってくるコンセプトで、あるテーマに関する関心や問題、熱意などを共有し、その分野の知識や技能を、持続的な相互交流を通じて深めていく人々の集団(ウェンガーら、2024)を指す。もともと伝統的な徒弟制での学びを人類学的に分析し、参加することが学びにつながるような集団を指して付けられた概念だが、経営学で用いられるようになり、企業などの組織の中に意図的に実践コミュニティを形成することで、部署を超えて人が集まることを可能にし、学習しつづける組織文化の涵養や、イノベーションの契機にする、という文脈で注目を集めるようになっている。
 さて、オーストラリアのニューサウスウェールズ大学(University of New South WalesUNSW)には、教育専任教員のための実践コミュニティがある。UNSWが大学教員の役割分業(教育専任、研究専任、教育研究教員)を制度化するに当たり、大学として設置した。その目的は、異なる学部で勤務する教育専任教員のための居場所を作り、そこでの交流を通じて、自分たちの職の在り方や専門性を形成していくこと、そして、教育専任教員という新しい教員の存在を可視化することだ。実践コミュニティは、教育担当副学長の管轄下に置かれ、活動を支援する専任スタッフと予算が配分されている。活動の様子や情報は大学のウェブサイトで発信されており、誰もがコミュニティの様子を知ることができる。
 この実践コミュニティの設置に関わった教員に聞いたところ、新しい大学教員のキャリアパスを制度化するに当たり、学部の中で少数となる教育専任教員たちが孤独に感じないように、そして教育よりも研究のほうが重要視されがちな大学において教育専任であることに誇りを持てるように、居場所を作り、教育専任教員の貢献が大学にとってどれほど大切なことなのかを内外に向けて発信することが必然であると考えたということだった。つまり、単に制度的な体制を整えるだけではなく、情感的な側面からもケアし、教育専任教員がポジティブな空気の中で働いていくことができるように考えていたのだ。実際、教育専任教員に話を聞くと、異なる学部から教育専任教員が集まるためお互いに助け合うことが可能であること、教育や学生の学修について熱心に話し合う仲間がいることにより、自らの職務に意義を感じて働くことができている、というようなことが語られた。
 近年では、このコミュニティに教育専任教員以外の教員の参加も増え、意義ある学生の学修経験のために良い教育実践に取り組む、というテーマに関心を持つコミュニティとして活性化している。また、分野を超えて合意可能な学修評価の指標を検討するプロジェクトが立ち上がり、コミュニティから選出されたメンバーによって、学内での聞き取りや議論が進められている。もちろんこういった動きの背景には内的・外的要因がさまざま絡み合っているが、教育に関わる実践コミュニティのエネルギーが他の教員を巻き込み、大学全体の雰囲気に影響を及ぼす状況が生まれつつある。
 では大学に何かのテーマに熱心になる実践コミュニティが数多く存在していたらどうなるだろうか。学内のあちこちで熱心に何かに取り組む状態が生まれて、横断的で多層的なネットワークが形成されるだろう。そしてそれは、大学を活性化し、そこに所属する構成員に誇らしい気持ちを抱かせることになるだろう。大学にできることは、実践コミュニティが繁栄するような環境を整えることだ。UNSWのように、実践コミュニティでの活動が可能なように時間や資源を使えるようにすること、コミュニティの生み出す価値を可視化することなどが挙げられる。 



[news]

前の記事 | 次の記事