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第2回 多摩大学 グレゴリー・クラーク学長インタビュー

2000/04/20

グレゴリー・クラーク 一九三六年オーストラリア生まれ。

英国オックスフォード大学卒業後、同大学院修士課程、オーストラリア国立大学博士課程修了。経済学博士。

一九五七年、オーストラリア外務省入省。中国、モスクワに駐在し、一九六五年退官。

その後『ジ・オーストラリアン』紙東京支局長を務める。

一九七九年より一五年間、上智大学教授。

一九九五年、現職である多摩大学学長に就任する。

「教育改革国民会議」の委員にも指名される。

求められる「時代にあった大学運営」

―現在進められている日本の「教育改革」についてどのようにお考えになっていますか。 グレゴリー・クラーク学長 大学の経営は企業の経営と同じです。時代が変われば、その時代にあった学校経営、運営が求められます。しかし、現在の日本の大学教育は、その対応を怠っているといえるのではないでしょうか。

  昔の大学は、進学率が二~三%といわばエリート養成機関として機能していましたが、例えばオックスフォードでも卒業試験というのは非常に厳しく、成績評価を明確にしていました。その成績が良くなければ、ただオックスフォードを卒業した、というだけでは社会で評価されないんです。

 そういう点で、日本の大学教育は、まだその段階まで進んでいないですね。現在のように大学進学率が上がれば、大学のあり方を根本的に変えなければならないんです。大学のレジャーランド化ということがいわれましたが、確かにその意味では学生が多いんです。大学教育にふさわしくないと思われる学生は、やはり落とすことも必要です。しかし、その時に、教科書の丸暗記的な知識を見る入試だけでは、何の解決にもなりません。そうした入試結果で人を選択するというのは、非常にまずいやりかたです。確かに日本の文化的風土の中では、学生を落とすということは難しいですが、その学生の適性を見るためにも、大学に入学して一年後に厳しい試験を行うといったことが必要です。

 私が主張しているのは、「暫定入学」です。これは、合格ライン近くで落とされる学生については、入学金をとらずに、正規ではなく暫定という形で入学させる。その学生は大学の外で、予備校で学ぶのではなく、大学の中で大学生として一年間学ぶんです。そして一年後に試験を行い、一定の段階に達している学生を正規入学させるというものです。これはオーストラリアやアメリカでは多くの大学で取り入れられています。この制度を取り入れれば大学教育も良くなります。学生も一生懸命勉強します。

多摩大学では、AO入試を実施していません。あくまでも筆記による試験が基本です。安易なAO入試では、最近よくいわれる「学力低下」を進めることになりかねません。いずれにしても私は「暫定入学」が行えればいろいろな問題が解決すると考えています。現在のところ、多摩大学でも実施していませんが、実は大学にとってはやりやすい制度だと思います。

 しかし、実際のところは、日本の大学ではそういう改革を求めていないように見えます。せいぜい入試の手直し程度に終始している。そういったところは非常に日本的です。筆記だけではなく面接、小論文を入試で行っても、すぐにそのための塾や予備校で対策を勉強する。いったい何のためですか。結局入試のための対策でしかないでしょう。

学生にはインセンティブ(動機づけ)が必要。

―多摩大学での取り組みについてお聞かせ下さい。 グレゴリー・クラーク 多摩大学で一番やりたかったことは、実は英語教育なんです。「暫定入学」については、多摩大学にきて後、オーストラリアの状況をみて考えるようになりました。現実問題として、私立大学では入学希望者を落とすというのは非常に難しいことです。最近よく日本でも入り口を広くして出口を狭くするということがいわれていますが、今のところそうなってはいません。また、退学勧告は、多摩大学は他の大学より厳しいかも知れませんが、実際にはやりにくい。現行大学の制度では、入学金を徴収する。それはいってみれば卒業するまで面倒みますよという契約のようなものです。こうした点からも今後の対応として「暫定入学」について、考えていくべきです。

 多摩大学では、学生の教授に対する評価、また成績の相対評価を取り入れています。これは大学と学生とのよりよいコミュニケーションづくりに必要なことです。多摩大学の教授は大学の外で実社会との関わりを持つべきであるという考え方があります。より実践的な教育が行われるためには、これもよいことだと思います。

 大学の役目は勉強させることです。日本の学生はよく勉強しないといわれます。本当にそうなのか。学生は勉強したいんです。しかし、そのための大きなインセンティブ(動機付け)がない。これは、企業が大学での成績をあまり見ないからです。ですから、大学でいい成績を修める必要性がなくなります。それから教える側の教授に魅力がないからというのは、学生が勉強しない理由にならない。教授はタレントではありません。あくまでも制度をつくる。教授は踊ったり歌ったりする必要はないんです。

学生は自分のやったことに対する評価を求めている。

 私は、毎週小テストを行います。授業の最初に行う。この小テストの集積があれば、期末テストをやる必要はありません。そうすると学生は、授業に必ず出席しなければならないし、事前に準備する必要があります。勉強するんです。そして大切なのは、その結果をすぐに伝えるということです。私は翌週にはその結果を一人ひとりに伝えます。学生は自分のやったことの評価を求めているんです。よく勉強すれば評価されるということ。期末試験のようにある時期にまとめて行うものでは、よく勉強した学生とただ要領がいい学生との評価が同じことになる場合があります。これではやる気がおきるはずがないんです。ですから、小さな積み重ねを続けていく、そのたびごとに評価するということで、学生のやる気を引き出すことが出来るんです。

また、小テストは教える側にとってもいいことなんです。学生が本当に理解しているのかどうかを絶えずチェックすることによって先生の仕事が楽になります。そして宿題を与える。授業の中で、その宿題に対する討論を行えばいいんです。自分の意見を述べることによって、学生にとっても非常に授業の内容が理解しやすくなるんです。

 日本の学生は質問しないといいますが、私はそうは思わない。小テストでは、最後に質問があれば記入して下さいと書いておくんです。そうすると学生は一所懸命質問を記入します。質問があるんです。しかもいい質問をしてきます。これは驚きました。こうしてお互いのコミュニケーションが密にとれるようになるんです。

 日本の学生は、実は勉強したいんです。しかし、それを発揮する場を見つけられずにいるんです。これまでの大学での講義のあり方のままではだめなんです。エリートを対象としていたような昔のやり方ではだめだということです。やり方を変えないと。単に単位を取得しようという学生の考え方を払拭する意味においてもぜひ小テストをやったほうがいい。多摩大学では全員の先生ではないですが、取り入れている人は多いですね。

短期大学は大学とのタイアップを

―これからの短期大学については、どのようにお考えになりますか。 グレゴリー・クラーク 大学審議会で短期大学の名称を大学にするということについて論議されていますが、私は賛成です。現在の短期大学は、専門学校的な方向へいっているように感じますが、むしろ短大で一般教養をやるということであれば、それは二年間の大学といってもいいんです。そして修了した者には学位ではなく、ディプロマを与えるようにすればいい。私自身も香港大学のディプロマを持っている。大学の中で二年間集中的に一つのことを学んだという意味合いでディプロマを授与するんです。

 またもう一つの方向性としては、大学とのタイアップが考えられます。短大で成績の良い学生を大学へ編入させる、そして大学で成績の悪い学生を退学ではなく、本人のために短大で勉強させるようにすればいいんです。学生に、入学後に学位ではなくてディプロマ、ディプロマでなくて学位をとれるというような複線的な進路選択ができるようにすればいい。幅広い選択肢を与えられるようにすれば、短大としても意義があるんじゃないでしょうか。

全国的な統一試験の実施を

―日本の英語教育についてお聞かせ下さい。 グレゴリー・クラーク 最近話題になっていますが、英語を日本の第二公用語にするなんていうのはおかしい話です。そんな必要はありません。今、小学校での英語教育が行われようとしていますが、その次の段階ではどうするのか。中等教育での英語教育を見直さなければ意味がないんです。英語教育に関して抜本的な改革が必要です。英語を国際的な言葉として認めた上で、全体的な英語教育の制度を考えるべきです。

 私が提案しているのは、小学校をスタートとします。何よりもまずリスニングが基本です。授業でも、リスニングがあってその後確認の意味で教科書を使う。英語の教師がネイティブである必要はないんです。テープを使えばいいんです。

 そして十五歳(中学三年)になったら全国的な統一試験を受けるんです。その試験結果は大学入学の資格試験となり、個々の大学は英語の入試を行わない。それを前提として、高校時代は日本の高校生にとって必要な科目を勉強すればいいんです。数学とか、理科系とか。当然好きなら英語を続けてもいい。ただし大学に入るための英語は必要ないんです。本格的にやりたい人は、大学に入ってから正しい方法で英語を(また他の外国語でも)勉強する。そして大学では、ダブル専攻制度として四年間例えば経済と英語というように集中して勉強すればいいんです。

「暫定入学」制度の導入を

―今後の大学教育のあり方についてお聞かせ下さい。 グレゴリー・クラーク 大学教育の前に中等教育段階でも改革は必要です。例えばオーストラリアでは、大学入学試験ではない、高校卒業試験を実施しています。これは高校卒業時点での到達度を見るためのもので、その結果をもって大学へ入学していきます。高校在学中は、その高校卒業試験にパスするために勉強するんです。日本の場合は違うでしょう。入試のために勉強するんです。生徒は、目前に目指すべきものがなければ勉強しない。これはどこの国でもそうです。

 そして大学では、入試の改善と授業の改革は同時に行わなければなりません。入試については「暫定入学」制度を導入すべきです。大学へ入りやすくして、一年後の足切り試験で正式に入学するために勉強するというインセンティブを与える。暫定入学で入学した人たちは勉強します。大学にとって、そして学生にとっても現状にあったやり方だと思います。

 「暫定入学」が実現しないのであれば、授業の改革として、学生にインセンティブを与えるという意味において、小テストを大学教育の基本にすべきです。今の日本の大学は、学生を落第させられない。だから大学は苦労しなければならない。

 その点でも小テストであれば、学生に対して客観的な圧力をかけることになります。勉強していないと結果が毎週出てくるんです。これは学生一人ひとりの恥の心に訴えることができます。やる気を引き出すとともに、学生に客観的な圧力を与えることができるんです。日本の場合は現在、そうした圧力は、せいぜい留年だけです。

 飛び入学も必要でしょう。教育機関は、一人ひとりそれぞれの能力に応じて対応する柔軟性をもつべきです。また最近、国立大学の統合という話がでてきているが、基本的には賛成です。学部のスイッチは容易にできるべきです。いずれにしても学生の可能性をつむべきではありません。

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