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第3回 芝浦工業大学 江崎玲於奈学長インタビュー
2000/06/25
江崎玲於奈(えさき・れおな) 一九二五年生まれ。
一九四七東京大学理学部物理学科卒業。 神戸工業において半導体研究に従事。
一九五六年東京通信工業(現・ソニー)に移り、翌一九五七年トンネルダイオードを発見。
一九五九年東京大学より理学博士。
一九六〇年より米国IBM中央研究所主任研究員。
一九七三年ノーベル物理学賞を受賞。
翌七四年文化勲章受章。
一九九二年より六年間筑波大学学長を務める。
一九九八年日本国際賞受賞、同年勲一等旭日大綬章受章。
二〇〇〇年四月芝浦工業大学学長に就任。
また現在教育改革国民会議の座長に指名される。
時代が求める“個性”を育成する場としての大学
急がれる新しい時代を切り開くタレントの育成
本紙 芝浦工業大学の学長、教育改革国民会議の座長に就かれて、これからどのように取り組んで行かれるのかお聞かせ下さい。 江崎学長 今回、芝浦工業大学の学長になったということ、教育改革国民会議の座長をお引受けしたということに関する考え方は、基本的に同じなんです。
いわゆる第一次産業、第二次産業が主であった頃は、みんなが一律に頑張ること、平等主義的なところを求められてきました。グループでやるということは効率がいいからです。教育もそうした点で、平等主義に基づいて結果の平等すら強調するような教育が行われてきましたし、それで成功してきたんですね。しかし、第三次産業が伸びている現代社会では、それではいけないんです。個人的なタレントが重要になってくるんです。そうすると今の日本では、その個人のタレントが十分に培われていないんじゃないかという思いがあります。今の日本の教育で一人ひとりのタレントを引き出し育てているのか、時代の変化に対応しているのかという疑問です。例えばアスレチックなタレント、音楽的なタレント、芸術的なタレントを育てる場は学校以外の場にもありますが、アカデミックなタレントを育てる場は、やはり学校しかないんじゃないでしょうか。それが私の考える教育改革の出発点です。
現代は、高度な情報化社会、人間が作り出したサイエンス、そのサイエンスを応用する技術というものが人類に貢献し、社会を動かしている。反面で環境問題への対応等も考えなければいけない。そうした時代、社会では、それぞれの人間の創造性が非常に重要な役割を担います。もし、日本の教育が個人のタレントを引き出し得ないとしたら、日本の社会は衰退してしまいます。アメリカの教育では、少なくとも日本よりそうしたタレントを育てられているんじゃないかと感じています。その点で、今の日本の教育に危機感を抱いています。ですから学長、また座長の立場としては、個人のタレントが育ち磨かれ、社会で活躍できる人を育てなければならないと思っています。
現在は、一つの教室で多人数が教育を受けています。実は一人ひとり違っているけれども、同じ教育を受けるというシステムの中で、「個」と「公」との軋轢といったようなものがあるわけです。それをできるだけ個人への教育にするためには、少人数教育にしなければいけないだろうし、それぞれの持っている個性を育てることを考えなければいけない。
また、刺激的な情報社会の中では、子供の精神面のケアも必要になってきますが、そういう状況に対して親や学校が十分な対応をしているかも疑問です。アメリカの学校では、カウンセリングサービスを行っています。そこでは教師が子供を見ることはもちろんですが、カウンセラーがまた違う視点で見るということが行われています。
基本的に、今申し上げた点について、芝浦工業大学、教育改革国民会議でも進めていきたいと考えています。
まあ、なぜ芝浦工業大学なのかということについては、「世の中の出来事は偶然と必然の帰結」という言葉がありますが、私自身が物理を勉強してきた中で、工学、工業とも関係がありましたし、私の持っているノウハウが、芝浦工業大学でお役に立てるんじゃないかというように思っているんです。自然科学というものが新しい知識であり、技術というのはそれを活用するといったものであるとするならば、社会に役立つ技術は重要です。工学はその技術の指導原理ではないでしょうか。現代社会において工学は、非常に重要な役割を与えられ、担っています。そうした将来の日本を支える人材、活躍する若者を育てることがここ芝浦でできるんじゃないか、また育てたい、いい教育をしたいという思いが学長をお引受けした理由でしょうか。
「創造性」の育成が重要なポイント-そのためのシステムづくりが急務
本紙 「創造性」ということでいえば、教育改革国民会議の第三分科会で議論されるということですが。 江崎学長 基本的に「創造性」をどうしていくかということもありますが、リーダー的な人材をどのように育てるかということも考えています。
また「飛び級」については、現在千葉大学の工学部で行っていますが、どうも高校からの飛び級というのは無理があるんじゃないでしょうか。自然な飛び級、初等教育段階での飛び級を考えたらいいんです。学ぶ量の少ない頃の方が無理がないんです。
アメリカの高校の場合でいいますと、アメリカの高校は四年制なんです。九年生、十年生、十一年生、十二年生という言い方をします。そして単位制なんですね。ですから通常四年のところを三年で単位をとればいいということになるわけです。飛び級とはいっても単位は取得しているんです。しかし、日本の現状では、高校の三年目をやめてしまうわけです。それが無理なんです。
またアメリカでは、アーリーグラデュエーションというものがありますが、高校での四年目で大学のコースがとれるんです。アドバンスド・プレイスメントといっていろいろな大学のコースが高校時代に取得でき、それが大学での単位として認定されるわけです。ですから無理なく、きちんとコースを取りながら時間を短縮できるというシステムがあるんです。日本でもそういうシステムを考えなければいけません。ただ飛ばすのではなく、圧縮するということですね。つまり、初等教育段階での飛び級、圧縮した形での高校での飛び級という二つの形が、飛び級を考える上で無理がないということですね。
それから大学の入試についても問題があると思います。入試は各大学で行いますが、ある意味では無駄なんじゃないでしょうか。高校生の能力を知っているのは高校の先生ですね。ところがその高校時代の成績という、重要な情報を無視することになる訳です。アメリカの大学の先生は、入試に関わりません。この点、大学の先生は、大学での教育にもっと力をいれるべきだと思うんです。ですから入試については、大学の先生がつくることはないと思うんです。
では、どうすればいいかといいますと、まず高校の内申書を重視するということ、そして高校卒業時に、学習の習熟度を見るための全国統一の試験を行うということです。その方が大学にとっても、高校生にとっても無理がないんじゃないでしょうか。まあ、こうした形のものは、アメリカで行ってますけれども。
入試制度の改革が必要-出口でのチェックを
本紙 よくいわれる大学生の学力の低下についてはどうお考えですか。 江崎学長 大学進学率が上がっている現状では、当然のことながらこれまでより多くの高校生が大学に入学しているわけですから、大学進学率が低かった時のように、アカデミックなタレントを持った人ばかりが大学に入学してきているわけではありません。ですから、全ての大学でこれまでのようなレベルを保つということは難しいことなんです。
しかし、そうした状況でなお、入試ばかりでなく大学内での試験をしっかりやっているかどうかということが問題です。入試よりも学内での試験を厳格にすることが、いわゆるレジャーランド化を防ぐ方法の一つです。大学は、やはり学ぶ場なんですから。ですから、大学を卒業するときの試験が重要なんです。言葉は適当ではありませんが、品質管理をしっかりやるということですね。
最近、大学内で補習を行う必要性がいわれていますが、これもやはり現行の入試制度に問題があるからじゃないでしょうか。特定の科目だけを勉強すれば、大学に入れるということですね。ですから大学で学ぶために必要な科目を、大学で学ばなければならなくなるという矛盾ですね。こうした点についても、高校の内申書を重視すること、高校卒業時の習熟度を見るということをすればなくなるんじゃないでしょうか。これは全く、アドバンスド・プレイスメントの反対のことです。才能を伸ばすという意味においても、付け焼き刃的なものではなく、自分の身に付く勉強をしなければならないんです。受験のためだけの勉強は、無駄といってもいいでしょう。
また、高校生が勉強をしなくなったといわれますが、これについてもやはり同じようなことですね。動機付けとしても有効じゃないですか。
学内の活性化で学生に刺激を
本紙 芝浦工業大学での具体的な取り組みについてお聞かせ下さい。 江崎学長 やるべきことはいろいろあるでしょうが、まだ就任したばかりで芝浦工業大学をわかっていない点もありますから、これからですね。ただ芝浦工業大学に籍を置く先生方全員とお話しするんです。いってみれば学長面談ですね。どのような研究を行っているのか、これからどうするのか、ご自慢できることは何ですかといったようなことをお聞きします。筑波大時代にも似たようなことはやったことはありましたが、今回ほどではありません。先生方にはそれぞれ書類を提出していただいたんですが、それを見ると出身大学を見ても非常にバラエティに富んでいるなという印象を受けます。
これを機会に、いい仕事をしておられる先生方を大いに刺激したいという考えもありますし、それが学生に還元されるんだということですね。
スクールカウンセラーの適正な配置も視野に
本紙 最後に教育改革国民会議の今後についてお聞かせ下さい。 江崎学長 おそらく九月に、中間報告を提出します。現在「人間性」「学校教育」「創造性」という三つの分科会で、それぞれ都合五、六回の会議を経て中間報告をまとめる予定です。最終的なものについては来年三月ですが、いずれにしても教育改革国民会議がどのような提案をするかによって、具体的な動きも決まってくるんじゃないでしょうか。
その点も含めて言いたいことは、教育費のことですね。日本のGDPに対する教育費の割合は、初等中等、高等のいずれも欧米と比べると低いんです。この点も何とかならないものかなと思っています。
最近でこそ徐々に認められつつありますが、スクールカウンセラーの問題があります。まだまだ日本では少ないんです。例えばこの教育費の割合を上げることで、スクールカウンセラーの養成、配置が進むといったようなことがあっていいんじゃないでしょうか。
いずれにしても、現在の日本の教育には改めるべき点があると考えていますから、芝浦工業大学、そして教育改革国民会議でもやるべきはやる、言うべきは言うといったスタンスでやっていきたいと思っています。