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第6回 東洋大学・東洋大学短期大学 神田道子学長インタビュー
2000/12/25
神田道子(かんだ・みちこ)1935年生まれ。
お茶の水女子大学文教育学部卒業。
1971年より東洋大学文学部に勤務。
現在、日本教育社会学会理事、国立婦人教育会館運営委員会委員長、東京大学大学院教育学研究科・教育学部外部評価委員会員。
1970年代より女子教育問題研究会等のグループ活動に携わる。
2000年9月東洋大学・東洋大学短期大学長に就任。
専門分野は女性学、教育社会学、社会教育学で研究主題は、女性の性役割に関する意識、意識・行動変革と学習について。
「家庭教育と学校のジェンダー文化と女子学生の職業教育」「ジェンダー関係の差別の構造に関する実証的研究―教育、福祉、医療領域の女性リーダ―について」「女子学生の職業意識」他著作、論文等多数。
『新実力主義』が次代へつなぐコンセプト
教育改革への真摯な取り組みを
これからの高等教育機関のあり方とは何かが問われる中で、短大での定員割れが進み、大学においても危惧される現在、新しい試みを続け、また学生へのアピールが効果的に行われているといわれる東洋大学。今回の学長インタビューは、その長い歴史の中で初めて女性として東洋大学、東洋大学短期大学の学長に就任された神田道子学長に聞く。
(インタビューは十二月五日)
本紙 まず東洋大学、東洋大学短期大学の学長に就任された経緯についてお聞かせ下さい。 神田道子学長(以下敬称略)
東洋大学では、選挙によって学長が選出されますが、今回は若い方たちから推薦されたのです。私自身、この大学に在籍して二十八年になりますし、あと五年で定年になります。本学は、前学長が組織やカリキュラムの改革に着手され、ハード面での改革を進めてこられた経緯があります。私はこれからはソフト面といいますか、中身の改革が必要な時期であると考えています。私の立場というのは、そうした教育の質の充実を目標にして、みなさんと一緒になって進め、これからの新しい時代を担う若い世代に東洋大学として残せるものをつくりあげる。そしてそれらを次の世代へつなぐ橋渡し役になれればいいなと思ったんです。
「自立」「対話」「参画」「創造」が「新実力主義」の基本
本紙 先生が掲げておられる「新実力主義」についてお聞かせ下さい。 神田 本学の創立者である井上円了先生のいう実力主義は「人間として勇気を持って豊かに生きる実力」を意味しています。この言葉は今、青年期にある学生にとって、またこれからの大学教育を考える上でも非常に大切な言葉だと思います。「人間としての実力をつけること」が大学教育の基本的な課題の一つなのです。そして、そのためには広い視野から現状に立って物事の本質を考える力をつけることが必要で、「自立」「対話」「参画」「創造」を欠くことができないんです。そうした力を私自身は「新実力主義」というふうに捉えています。
今、そのことをワン・センテンスで表すとすれば、「一人ひとりが積極的に社会と関わり、自らの生き方を豊かに創造することができる実力を育て、自立、対話、参画、創造する力を基礎とした新実力主義」というものでしょうか。これを具体的な教育目標にするのはどうなのかといったことにはもうちょっと時間をかけるつもりでおりますが、基本的な考え方はそういうものです。「自立する力」「自己決定する力」は個の基本ですし、「対話」は人間関係、「参画」というのは社会との関わりで、当然十分に考えていかなければならないことです。「創造」はそうしたことを踏まえて自らが創り出す力ですね。こうした力がこれからはより求められるだろうと考えています。そしてその力を養う時に何が必要なのかということですね。
本学には「諸学の基礎は哲学にあり」という言葉があります。「哲学」にはいろいろな意味が与えられますが、私は先に申し上げたように「広い視野から現状に立って物事の本質を考えること」だと理解していますし、その力が「新実力主義」を育てていくのだと思います。そしてその素養が本学にはあると思っています。
問題は具体的にどうやっていくのか、大学教育の中でどう実践するのかということですね。考えますと、今、大学で行われている教育は決して的はずれなものではないと思います。例えば「卒論」「少人数ゼミ」というのは自己決定してやっていくはずのものですし、「ゼミ」では人との対話が求められます。それから「大学祭」。「大学祭」は「参画」という点からみれば、その力を育てる重要な教育の場であると考えられます。こうしたことを考えて「正課」での対応はもちろんですが、「正課外」を含めたもう少し広い視野で考えていきたいと考えています。
学生の現状、ニーズと結びついた教育を
その反面で私のいう「新実力主義」を学生はどう感じるのか、ということも知っておく必要があると思っており、近いうちに学生の意識調査を実施しようと考えています。考えを実践する際に、学生とのギャップを知っておくことは大切なことです。例えば対話の能力は必要であり、現在の学生はその能力が欠けているとこちらが思っていても、実は学生は十分能力があると感じているのかも知れません。具体的な方策を採るときに、学生の意識レベルを知っておかなければ有効な方法は採れないんです。展開の仕方が自ずと違ってきますね。「教育」は、上から一方的に与えるものではなくて、学生の現状、ニーズと結びつけなければならないんです。
また教える側にしても目標とするもの、それが授業を通じて達成されたのかどうかということを絶えず検証する必要があると思うんです。例えば一つの授業では「対話」「参画」を重視して行うという目標設定をする。そして結果としてどうだったのか。学生からの評価も必要になるんじゃないでしょうか。これから教育の中身の充実を考えるとき、教員にとっても非常に大変になるという新たな展開が求められます。授業中に眠っている学生がいると、その学生が悪いということになりますが、そこでなぜ自分の講義で眠るのかという問いかけが教員の側にも必要になってくるんじゃないでしょうか。学生の多様化がいわれますが、確かにこれまでのような教育の場での前提が成り立たなくなってきているということがいえると思います。そして、ではそれは具体的にどういうことなのかという検証ですね。それがあって対応を行うという。こうしたことへの対応、教育の中身の見直しは、すぐには形にあらわれないものですが、ぜひやっていきたいことですね。
「キャリアプランニング」で学生に可能性を提示 ―開かれた大学として「生涯学習大学」の位置づけを
本紙 もう一つ「生涯学習大学」という考え方を打ち出されていますが、その点についてお聞かせ下さい。 神田 本学では「キャリアプランニング」という考え方を導入しています。「キャリア」というと職業的なニュアンスが強いかも知れませんが、実はもっと広い「人生設計」「生き方を考える」という位置づけなんです。学生には、そういうプランを持って欲しいと願っているんです。すぐに全てをなんて無理だとは思いますが、「職業」を核にして考えてもらえば、見えやすくなるのかも知れません。「職業」を核にしながら、違うものを見てみるということもできるわけですから。
その時に、導入プログラムが非常に重要になってくると思います。どういう形でやるのかというのが「鍵」になるのかも知れません。私は教育社会学が専門でして、今大学院で「ライフコース論」をやっていますが、これは文字通り「生き方」ですね。そうしたいろいろな人の生き方、道筋を導入の部分に持ってきたらいいんじゃないかと思っているんです。実はそれが教養教育じゃないかと考えているんです。自己規定、自己限定しがちな今の高校生、学生に対しても、可能性を提示してあげられるんじゃないかということですね。そしてそれは何も高校生、学生に対してということではないんです。社会人に対しても、様々な選択肢の一つとして可能性を提示することができるんじゃないでしょうか。それぞれの年代やスタンス、問題意識に対して柔軟に対応していくというあり方ですね。
そういった意味を込めて「生涯学習大学」という位置づけもできるんです。世の中を見ても、やっと「生涯学習の時代」がやってきたなという感じがしますね。例え大学等への進学率が五十%を越えても、残り五十%の人がいます。高等教育は必要ないという人ももちろんいるでしょうが、何らかの事情で高等教育を受けられなかった、受けられないという人たちがいることも現実です。そうした人たちに対して、年齢等を問わず、できるだけ講義を受けやすい環境を用意して提供するというのは本学の使命でもあると思うんです。実際に本学の夜間(イブニングコース)は、そういった使われ方をされるようになってきています。青年期の学生に対する高等教育だけではなく、中年期、高齢期の方や職業人、家庭の主婦といった幅広い層に対してそれぞれのニーズに見合った学習機会を提供していくという考え方なんです。
現在は、今申し上げたことや「キャリアプランニング」の導入部分、そして「生涯学習大学」を実現するための具体的な方策について検討しているところなんです。本学には、その器が用意されていますから、私が進めるのはその使い方、中身を変えていくということですね。
本紙 多様化への対応ということで「AO入試」についてはどのようにお考えでしょうか。 神田 AO入試については、本学としてどういうAO入試を行うのかということを明らかにする必要があります。実は平成十三年九月から、工学部でAO入試を実施します。全学的にはまだ先ということになりますね。一般入試でもそうなんですが、学問を開放する、多くの人に学ぶ機会を提供するという基本的な考え方が本学にはありますから、いずれは工学部だけではなく、その他の学部でもAO入試を実施するということになるのかも知れません。工学部以外については、そろそろ検討に入る時期かも知れませんが、「東洋大学で行うAO入試の意味」を明確にしてからですね。実施の内容についてもいろいろなものが考えられるでしょうし、何といっても各学部・学科でどういう学生が欲しいのか、そしてどういう教育ができるのかということですね。そうなったとしたらなおさらでしょうが、本学を知ってもらうという意味合いにおいても、高校教育とのつながりを重視することが必要でしょう。
本紙 現在、短期大学の学長にも就かれていますが、短大のこれからについてはいかがでしょう。 神田 本学は短大を廃止しますが(本紙注・二〇〇〇年度募集停止)、学習の機会を広くという点において、短大の存在意義は大きいと思います。全ての人が四年制大学へ行くのではなく、二年間でいいという人は短大へ行くという考え方です。多様な教育機会の一つであるという捉え方です。「編入」へのファーストステージという考え方もあるでしょうし。ただ、どうしてもニーズという問題がありますから、その点で全体的には非常に厳しいといわざるをえないと思います。
「生き方」を考える「哲学」をベースにした教育改革を
本紙 巷間いわれる「教育改革」についてはどうお考えでしょうか。 神田 現在、いろいろな取り組みが行われ、さまざまな提案が出されてきていますが、私自身は「多様化」について考えるべきだと思います。これだけ「脱・偏差値」という流れが大きくなっている中でも、まだまだ「多様な価値観」「多様な能力」を受け入れる土壌はできていないように感じています。単純な比較はできるはずもありませんが、やはりいわゆる「学力」が幅を利かし、例えば「協調性」にすぐれているとか、「芸術的センス」があるといったような「力」、「人間としての豊かさ」をどうみるのかといったことがまだ見えてこない。未だ「業績主義」「成績主義」の柵を脱し切れていないような感じですね。「学力」「成績」とは異なる価値、基準を社会が受け入れていない、そこまで成熟していないということだと思います。
本学としては今後、できるだけ広い視野で一人ひとりの能力をとらえ、それをどうしたら生かせるのかということを具体的に考えていきたいと考えています。「生き方」という人の根本を問い直すために、本学の「哲学」を前面に出すときなのかも知れません。「なぜ」という問いかけと「考えよう」という姿勢が必要な時なんです。私の任期は三年ですから、何とかその間に、次代へ伝えられるものを具体化していきたいですね。