トップページ > トップインタビュー > 第18回 埼玉工業大学永野三郎学長インタビュー

前の記事 | 次の記事

第18回 埼玉工業大学永野三郎学長インタビュー

2003/10/25

 埼玉工業大学

永野三郎(ながの・さぶろう)学長

一九四〇年生まれ。一九六八年東京大学大学院航空学専攻単位取得退学。同年同大学にて工学部助手。一九六九年同大学工学博士。一九七一年同大学教養学部助教授。一九八三年同教授。二〇〇一年同定年退官、東京大学名誉教授。同年、埼玉工業大学教授に着任。二〇〇二年同人間社会学部長。二〇〇三年より同大学学長に就任。代表著書に「Pascalプログラミング-TURBO Pascalによる基礎と応用」(東京大学出版会、一九八七年)など。

『こころ』を尊び『技術』を手にした新時代型の人材を育成

本紙 IT時代、マルチメディア時代などと言われる昨今ですが、高度情報化時代の大学教育について、いかがお考えですか。 永野三郎学長(以下敬称略) 私は、大学教育の核は、教師と学生との人間関係にあると思っています。したがって、高度情報化時代と言っても、基本は人と人、このつながりが重要だと思います。もちろん、情報処理やコンピュータ分野の教育も大切ですが、それ以上に、教師と学生が向き合って学習できる信頼関係が、整っていることが重要ですね。

 教える側としては、たしかに、情報環境がマルチメディア化したことで、多様な映像と音響を使った高度な授業が可能になったと思います。しかし、私個人としては、板書や学生との対話といった、アナログでも基本を重視した教え方を、大切にしたいと思っています。先端機器を駆使し、豊富に情報を与えることも良いですが、その大量情報に溺れてしまうと、かえって後々、残るものが少ないのではないかと思うんです。

 もうひとつ、情報化時代の恩恵と言えば、いつでもどこでも勉強ができる、いわゆる『e-ラーニング』があげられると思いますが、それはそれとして、若い時には、きまった場所できまった時間に、しっかり学習をするという習慣を身につけて欲しいと思います。

 もちろん、『e-ラーニング』などは、補助的に使うには、非常に有効です。講義で全て学習しきれなかったところを自習する時などには、とても便利ですね。しかし、教師による学習範囲の指摘や、そのチェックなどがしっかりと行われないと、やりっぱなしになってしまう危険性があります。やはり、学習には、教える者、学ぶ者双方のコミュニケーションが必要なのだと思います。

 したがって、本学では学生との緊密な関係を保つために、講義のしかたに工夫をしています。例えば工学部では、卒業研究におけるマンツーマン指導を、昨年四月に開設した人間社会学部では、一年次から四年次まで、一貫した少人数ゼミを重視するといった形で、必然的に教師と学生、学生同士の対話が増えるように配慮しています。

 大学教育には、『知識の伝達』という側面のほかに、『豊かな人間性を育む』という大切な側面があります。だからこそ学生には、教師であれ学生であれ、さまざまな人と触れ合う時間を大切にして、自分ひとりでは得られない何かを手にして欲しいと思っています。

学生一人ひとりに丁寧に時間をかけた

『手づくりの教育』を大切に

本紙 来年度から、国立大学が法人化し、私立大学との競合が始まると思われますが、そのなかで、工業系私立大学として、どのようにあるべきだとお考えですか。 永野 たしかに、国立大学が法人化されれば、私立大学との競合が始まるでしょう。しかし、全国で百ほどの国立大学が、全部の学生を受け入れられるわけではありません。それに、従来から私立大学のほうが、多くの学生を受け入れ、教育をしてきた実績は変わらないと思いますね。だからといって、いいかげんなことをしていては、良い学生に来てもらえないわけですから、丁寧な教育を続けていくのみです。

国立か私立かは別にして、個々の大学にはそれぞれの個性と使命があるわけで、世の中の大多数を占める中堅の学生を、どのように育てあげていくかが、私どもの大学の重要な役割であると思っています。とくに、本学のような工業系の大学は、日本が世界の中で自立していくために必要な『科学技術立国』を実現するために、即戦力となる人材を育てていくことが、非常に重要な使命であると思っています。 

 もともとは工学部のみで出発した本学ですが、昨年には情報社会学科と心理学科を擁する文系の『人間社会学部』も開設して、文・理の両分野で、社会に貢献することのできる人材の育成に力を注ぎたいと思っております。

「心理学科」「情報社会学科」を

擁した『人間社会学部を』開設

本紙 大学の進学率も年々、上昇していますし、そういった意味では、多数の中堅層を受け入れる私立大学の責任というものは、おそらく、これからもっと大きくなるのでしょうね。 永野 そうですね、責任は重大です。ただ、進学率が上がったと言っても、その一方で少子化も進むわけですから、やはりいいかげんなことをしていては駄目でしょう。真摯に学問に取り組む姿勢を保ち、若い能力を育成するという責任をまっとうしたいと思っています。 本紙 先ほどのお話にもありましたが、工業大学でありながら、文系の『人間社会学部』を開設されたのはどのような経緯からでしょうか。 永野 本学は、昔から『人のこころ』を尊重してきたということがあります。従来から工学部でも、技術だけでなく、『人のこころ』『人の和』を大切にしたヒューマニティ重視の教育を行っていました。その下地があったうえで、やはり現代社会において、『こころの豊かさ』、『社会の安全・安心・ゆとり』を支えるのは、人間探求をテーマとした学問領域ではないか、そういった学問領域を専門とする学部があってもよいのではないか、ということで開設の運びとなったのです。

「情報社会学科」は、実践的な情報処理能力と、英語コミュニケーション能力のブラッシュアップに主眼を置き、学問の知識を幅広く身につけた『文系ジェネラリスト』の「心理学科」は、人間を行動・情動の観点から探求し、他者の心を理解して、必要に応じて援助ができる『こころのスペシャリスト』の育成を、それぞれめざしています。

もちろん、「心理学科」などは、なぜ工業大学で心理学なのかと思われる方もいらっしゃると思います。しかし、本学は科学技術と人間の心というものは、実はとても密接な関係にあると考えるのです。例えば、科学技術が発達すると、とくに若い方々は、そのライフスタイルや考え方が変わってきますね。そうすると物質と心の両面からアプローチして、人間探求を行うことが必要になってきます。その意味で、科学技術の素地がしっかりとしている工業大学で学ぶ心理学というのは、これからの社会にとても有用なものであると思います。

 工学部にとっても、同じキャンパスに文系学部を開設することで、よい効果を生むのではないかと思っています。同じ機械を作るにしても、機能だけを重視するのではなく、『人に優しい機械』という発想ができるようになる。そんなふうに文系・理系が互いに刺激し合って、新しいものを生み出していく、そんな相乗効果が表れることを期待しております。 本紙 他の工業大学においても、これからこういった試みが行われるとお思いになりますか。 永野 本学の取り組みもまだ始めたばかりですし、はっきりとは申しあげられませんが、流れとして、そういう方向に進むことは充分あり得るのではないでしょうか。

なぜなら、『大量生産・大量消費時代』と言われた二十世紀を終え、築き上げた繁栄を維持していくために、私たち人間は前世紀を反省して、『こころの問題』が欠けていたことに気付き始めているからです。

 この度の『人間社会学部』の開設には、もっと『こころ』と『人間』の関係に目を向けて、人間がつくり出す新しい社会について考えて欲しいというメッセージが込められています。このわれわれのメッセージに共感して下さる方が多ければ、こういった文理を超えた取り組みが浸透していくのではないかと思います。

文理を越えた取り組みで

柔軟かつ技能的な人材を育成

本紙 文理の素養をあわせ持った人材とは、これからの時代に、どのような場で活躍をしていくのでしょうか。 永野 そうですね、先ほども述べましたが、『科学技術立国』を成し遂げるためには、わが国はつねにフロンティアに位置しなければいけないと同時に、他国との調和を図り、連携していかねばなりません。

しかし、現状では、世界舞台の中で、日本人は何を考えているのか良く分からないと言われ敬遠されがちで、連携という部分は、未だうまく機能していません。日本人全体に心の豊かさが備わっていないからです。そこに、文系的柔軟さをもったエンジニア、もしくはエンジニア的発想を持った文系の人材が必要になってくると思います。

 それと、産業に限らずエンターテインメントの分野などでも、デジタルコンテンツを文系の人間が考えたりするようになれば、もっと着想に広がりが出て、よりおもしろい創作物が出てくると思いますよ。 本紙 ところで、高校生の数学や、理科の学力低下が問題となっていますが、そのあたりについてはいかがお考えですか。 永野 理数系学力の低下要因としては、現在の大学入試が受験科目を減らす傾向にあり、学生が高校で数学や理科を選択しなくなってしまったこと、推薦・AOなど入試が多様化して、入学してくる学生も多様になったことなどが考えられます。従来のように、大学でワンランク上の数学を教えようとしても、対応できなくなってしまったんです。

 その解決策として、本学ではいくつかの試みを行っています。

 まず、年内には合格が決まる、推薦やAO入試合格者に『入学前教育』を行っています。課題を与え、提出させて、最低でも三~四回は添削返信を繰り返します。『人間社会学部』に関しては、英語や国語の課題も出しますよ。

そのほか、入学後のフォローアップとして、高校の教科内容に関しては、教え方のうまい予備校の講師の方々を大学にお呼びし、既習のカリキュラムに関して、学生の補習を行ってもらっています。  

 それから、『e-ラーニング』の活用です。入学時に能力テストを行い、学生ごとに、弱い部分を指摘して、重点的に自習をしてもらっています。

その分、教授の負担は重くなりますが、高校からは好評をいただいています。高校の先生方は、送り出した学生にきちんとした能力をつけさせて、社会に出ていかせてあげたいというお気持ちが強いので、こういった取り組みは、安心していただけるようです。 本紙 それでは最後に、埼玉工業大学としての『魅力のある大学づくり』とはどのようなものか、お聞かせください。 永野 そうですね、基本は、入学されたみなさん一人ひとりに丁寧な教育を施し、四年間で教養・知識・技能といった付加価値をしっかりとつけて、社会に送り出してあげることです。埼玉工業大学に行けば、間違いなくきちんとした教育が受けられる、と学生に思って、選んでもらえるような大学にしていかなければなりません。

 さらに、本学は大規模な学校ではありませんが、それが逆にメリットとなるようにしたいと思います。つまり、それぞれの学生に目を向けることができるような、学生支援体制の確立です。従来から、学生課、教務課、就職課、基礎教育センターなどを用意してはいますが、まだまだ改善の余地はあると思っています。これからは、学習支援、生活支援、心のケアなどに、より本気で全学をあげて取り組んでいく所存です。教員、事務員一体となって、理想のあり方を模索しながら、来春までにはしっかりとした形を、組織体系としてつくり上げたいと思っています。

 それから、地域社会とのつながりも、もっと視野に入れて取り組んでいきたいと思っています。ここ岡部地区は、農業が地場産業ということもあって、工学部のみの頃は、内容がなかなかうまくマッチングしなかった公開講座などが、昨春の文系学部の開設で、受け入れられやすくなりました。これをよい機会として、地域の生涯学習のお手伝いをさせていただければと思っているんです。もちろん、大人の方々だけではなく、能力が伸び盛りの子どもたちにも、学習のサポートという形でかかわっていきたいと思います。現在も、近くの岡部中学の生徒さんを大学に呼んで、コンピュータグラフィックスなどを教えるパソコン教室を開いています。

 そして、『産・学・官』の連携は、今わが国全体として考えなければいけない課題ですが、本学も計測装置などの大学設備を用いて、産業の活性化に一役買いたいと思っています。大学という塔に閉じこもるのではなく、外へ外へと出ていかなければならないということを、先生方にもつねづね言っております。逆に『産』の側から見て、埼玉工業大学は、どんな研究をしていて、何ができるのかということを知っていただけるようになることも必要ですね。

 さらに、『産・学・官』から一歩踏み込んだ『産・学・公・民』という連携も深めていくべきだと思っています。昨年から町の行政と協力体制を組んで、『産・学・公・民連絡協議会』というものを結成し、お互いに連携・協力しあう体制の確立に尽力しております。

 それと今、工学部ではJABEE(Japan Accreditation Board for Engineering Education=日本技術者教育認定機構)から認定を受けるために、教育改革を推進中です。JABEEとは、大学などの高等教育機関で実施されている教育プログラムが、教育活動の要求水準を満たすべきレベルに達しているかどうかの評価を行い、認定を与える機構のことです。

 このJABEEから認定された教育プログラムを修了した者は、世界に通用する資格『技術士』の一次試験が免除になり、国際的に活躍する夢に一歩近づくことができます。

 ただ、認定を受けるには、非常に高いレベルが要求されることも事実です。本学では、その問題に対応するべくJABEE対応のカリキュラムを行う『JABEEコース』を設置いたしました。「情報工学科」など、比較的新しい学科は、これからの設置になりますが、やる気のある学生にも満足してもらえるような内容にするため、努力しております。

 それと、学内トピックスとして、来たる十二月二日の火曜日に、ノーベル物理学賞を受賞された小柴昌俊先生をお呼びしての講演を予定しております。世界の頂点を極めた方のお話を拝聴することによって、学生が奮い立ち、自分も技術を世界に還元するんだ、というようなグローバルな視点が育ってくれればよいと思います。

 私は、小規模校だからこそできる、学生一人ひとりにじっくりと丁寧に時間をかける『手づくりの教育』を大切にし、この埼玉工業大学を、学生が自然に集まってくるような魅力・実力ともに兼ね備えた大学にしていきたいと思っております。

前の記事 | 次の記事