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第19回 女子栄養大学・女子栄養大学短期大学部香川芳子学長インタビュー

2004/02/25

 女子栄養大学・女子栄養大学短期大学部

香川芳子(かがわ・よしこ)

一九三一年生まれ。東京女子医科大学、東京大学大学院(医学博士)・カリフォルニア大学大学院(家政学部M.S.)。女子栄養大学・女子栄養大学短期大学部学長、香川栄養専門学校校長。「食に関する指導の充実のための取組体制の整備に関する調査研究協力者会議」の座長として栄養教諭(仮称)の設立に尽力。二〇〇三年六月から中央教育審議会臨時委員(スポーツ・青少年分科会)。食の教育推進協議会代表。主な著書に「市販加工食品成分表」(編、女子栄養大学出版部)、「四群点数法」(臨床栄養第八十七巻第五号医歯薬出版)、「人生あせることはない」(毎日新聞社)、「食餌・栄養からみた子どもの世界」(小児看護へるす出版)、「栄養士・管理栄養士まるごとガイド」(ミネルヴァ書房)ほか多数がある。

求められる「健康」に食・医療・福祉・教育からアプローチ

本紙 いま、大きな関心を集めている「食育」についてお教えください。 香川芳子学長(以下敬称略) 「食べる」ということが、昔と比べて、大きく変化している、そんな社会だからこそ「食育」が必要になっています。

 哺乳動物である私たち人間は、自分で自分の餌を取り、身体を支えるだけの物を食べなければいけません。そのために、人間は周辺にあった物を手に入れて食べてきました。それが食べられるものかどうか、身体にいいものかどうかを判断しながら、基本的にはエネルギーの高い糖質や脂質を上手に選んで食べて生きてきたのです。

 とはいえ、人間の身体は、エネルギーだけではなく、タンパク質とか、ビタミン、ミネラルなどがなければ生きてはいけません。しかし、そこはうまくしたもので、例えば果物を食べれば甘くてエネルギー源になっておいしい、しかもそこにはビタミンCもあるし、カリウムもある。天然の動植物を食べれば、エネルギーだけではなく、そういうものを自然に摂ってきたわけです。

 ところが、人間は、砂糖やでんぷん、油脂というものを見つけました。これらにはエネルギーはありますが、ビタミンやカリウムはない、食物繊維もない。けれど、もともと私たちは、エネルギーのあるものが大好きですから、エネルギーのあるものを食べると満足して安心する。エネルギーを摂れたというだけでなく、心理的に安心するのです。

 現代は、様々な加工食品があふれ、ただの砂糖水に色と匂いを付けたものでも満足してしまう世の中になっています。非常に簡単にエネルギーをとることができ、エネルギーを濃縮することができる。それは、自然界にあっては不可能であり、不自然なことです。

 私が子どもの頃は、自分の家以外で食事をすることはほとんどありませんでした。昔と同じ食べ方なら、お母さんがしっかりした考え方をもって、ちゃんとした食べ方をしていれば、子どもは自分で特別に勉強しなくても、ある程度は健康が維持でき、病気の発症を防ぐことができるかもしれません。

 ところが、今はそうではありません。簡単に言えば、私たちは自分の餌を変えてしまった動物なのです。変えてしまったのに、その食べ方を学習して、ちゃんと「食べる」ということをしなかったら、人間は生きていけません。

 最近は、太っている人が増えてきました。『国民栄養調査』の結果で見ると、特に男の人は太ってきています。

 本学のハイテクリサーチセンターという研究所で、「食生活と人間の身体」をテーマに、遺伝的な体質について調査したところ、日本人を含むモンゴロイドと呼ばれる人たちは、白人よりもはるかに肥満しやすく、糖尿病を発病しやすいことがわかりました。にもかかわらず、たくさん食べるようになり、太っている人が増えてきた。その結果、糖尿病になってしまったりするのです。

 糖尿病と診断されても、大した自覚症状がないというので、いいかげんな食事で過ごしていると、大体十五年ぐらいで合併症が出てきます。糖尿病は、中途失明のいちばん大きな原因です。十年以上も前、東京都の学校給食の委員をしているときに、盲学校の校長先生から「学校給食で糖尿病食を出せませんか」と言われて、非常に驚いたことがあります。理由を尋ねると、目が見えなくなって入ってくる生徒でいちばん多いのは、糖尿病ということでした。

 二〇〇一年の調査では、八百万人程でしたが、『健康日本21』によると二〇一〇年の予想数値は、千八十万人です。昭和二十年代には、十万人そこそこでした。それが、なぜ百倍になるのでしょう。原因の大部分は太りすぎ、つまり食べ過ぎです。以前の日本人は食べ過ぎて太ることが少なかったから、遺伝的な体質をもっていても発病しなかったといえるのです。

 糖尿病は動脈硬化を引き起こしたり、腎臓も悪くなる。腎臓の場合は透析が必要になる可能性もあります。その際の透析の費用は、一人当たり年間五百万から七百万円もかかります。到底個人が負担できるものではありません。

 確かに、平均寿命は伸びました。先進工業国の中で日本人の平均寿命は確かにいちばん長い。けれども、元気に活動できる、痴呆でもない、寝たきりでもない『健康寿命』の割合から見ると、日本は一番低いのです。健康な状態で命を享受できない状態では、本人もつらいですが、周りの人も大変です。年金や介護保険など、社会負担も増大せざるを得ないですね。

 ですから、子どものときから、自分は何をどれだけ、どのように食べればいいかをきっちり知っている必要があるのです。きちっと食べていれば、長く元気に過ごせます。欧米諸国では今、必死に子どもの「食」の教育を行っています。「読み」「書き」「そろばん」より先に、日本の全国民にそれを教えなければいけないと思います。

 すべての人が、一生食べ続けていくのです。それは、その人の思想信条に関係なく、人間として生きていくための基本的な必要事項ですから、より良い「食」を考え、教えなければならないのです。

「食」が変えた

日本人の健康

本紙 その担い手となる栄養教諭の制度立ち上げにもご尽力されていらした。本来は家庭で教えるべきことが、学校にその役割を移そうとしています。 香川 今の親御さんはすでに食生活が変化した後に成人していますから、家庭で教えることは難しいですね。それに、現代のお母さんは勤めに出ている人が多く、また、家庭の仕事もしなければならない。食習慣を変えるために教育を受ける余裕はないでしょう。ですから、子どもには義務教育の中で、最小限必要なことは、自分で行動できるように教える必要があります。

 そのために、まず学校給食の場を利用したいのです。学校給食は、本当に日本の宝です。小学校での普及率は、九十九%です。内容も高い。それに給食は毎日のことです。そこで実物を示しながら教えるのがいちばんなのです。子どもたちは教科として教えるだけでは、自分の食行動と結びつきません。その点、給食なら、いちばん端的に結びつくでしょう。

 今までは、学校の栄養士は栄養職員で、子どもに教えることは公式の立場にはありませんでした。学校には、「今日の給食はこういう意味があるのよ」、「これはこういう具合に食べた方がいいのよ」、「日本人は先祖からこんなものを食べてきて健康によかったのよ」と、そんなことを教える人はいなかったのです。栄養の専門家がいるのに、子どもに一言も言えない立場だなんて、本当にもったいない。だから、栄養士を養護教諭と同じような栄養教諭にしようということになったのです。

 学校への栄養士の配置は必置ではなく三分の一程度で、まだ十分とは言えませんが、ようやく国会で栄養教諭というものが上程されることになった。教育職にするだけでも、大きな前進だと思います。

教育現場での『食べ方』

指導を担う「栄養教諭」

本紙 社会に対する幅広い取り組み、働きかけについてお教えください。 香川 一人でも多くの方に、その生命を健康に全うしてほしい、本学園は創立当初、つまり七十年前からそのことを目的としてきました。

 大学、短大、大学院、専門学校という高等教育機関としてもそうですが、社会に広く開かれたものでなければなりません。そのための一つの方法として、昭和四十三年から「栄養クリニック」を設け、具体的な指導を行っています。そこでは、「四群点数法」という食べ方がベースになっていますが、その「四群点数法」を使うと、エネルギーの摂取をコントロールして、栄養バランスのよい食べ方が簡単にできます。

 クリニックでは、毎日食べたものを記録してもらいます。同時に診療所で健康診断をして、どう食べればいいかをアドバイスする。一人ひとりに対して検査結果に基づき、医師や栄養士と個別に指導します。

 現在は、六カ月が一区切りですが、糖尿病になりかけの検査結果が出ていた人も、中性脂肪やコレステロールの高い人もみんなよくなる。そんなことが起こるのです。

 この程、二十五年以上前に栄養クリニックにきた方のうち、百人ほどの方たちと連絡が取れました。ほとんどが女性で、平均年齢は七○歳。今の日本女性のその年齢では、二十五から四十%は糖尿病、大体十人に一人は介護が必要、また十人に一人は痴呆が始まっています。ところが百人中、糖尿病と言えるのは七人、介護が必要なのは一名だけ、痴呆の方はおいでになりませんでした。血圧もコレステロールも良い結果でした。クリニックを受けた後はこちらに来ているわけではないですから、好きなように食べているわけで、元の食べ方に戻っているかもしれない。そういう人たちが、とても健康なのです。

 いろいろなことで病気は起こりますから、絶対に病気にならないとは言えませんが、食事の過ちで起こる病気は圧倒的に多い。その人たちは、三、四カ月一生懸命勉強しただけで、健康をずっと維持できている。食の教育は、大人になってから始めたとしても、知らずに食べるのに比べたら、これから先がはるかに良くなると思います。

 創立当時は、大勢の人が脚気で亡くなっていて、今の交通事故死以上でした。それは、食事をきちんと摂ればよくなる。しかし、病気でない人々は、食事を変えなさいといってもみんな変えません。ですから、お料理にも取り組んだのです。

 学園の創立者である香川綾は、優れた料理の先生を連れてきまして、その先生がつくるものを全部ノートに記録して、どの材料をどれだけ使うのかを調べました。そして、適正に調味料を使うために、家庭で簡単に使えるカップ、スプーンを考えた。昔からの尺貫法、メートル法、占領で入ったヤード・ポンドなどの単位が混乱していたので、それを統一するために実用新案をとって、今の二百ccのカップ、十五ccと五ccのスプーンを作った。そうすると何グラムで料理の味付けをすればいいとか、生まれて初めて出会う材料であっても、何%の味にすればよいのかを自分で計算できる。目の前で名人に手を取って教えてもらわなくても、百点満点とはいかなくても、八十点ぐらいの味にはなる。こうして、料理をレシピにして誰でも作れるようにしたので、通信教育も可能になりました。通信教育として広め始めたのが、昭和三十七年頃です。

そして、その成果を確かめるために「家庭料理技能検定」ができました。本学園の料理検定として、二十三年間実施した後、文科省の認定を受けて十七年です。

 料理を作って自分に合わせて食べることもできるようになると、経済的によいだけではありません。例えば、高血圧の人で食塩のコントロールをしなければならない人は五十歳以上では半分以上います。そういう人は、自分で料理すれば食塩の調節ができるのです。非常に簡単なことをしっかり押さえれば、健康を維持できるわけです。サプリメントに頼る必要もない。

 そういうことを、ここで拡げたい。拡げる人を育てたい。職業としてやらなくても本人と周囲が一生を充実して過ごしていただければ、私たちは幸せだと感じます。

 それに基本的な料理の技能や味付けの仕方を身につけ、おいしいものが作れることは、一生の宝でしょう。栄養バランスだけの問題ではないですよ。おいしいものが作れる。それは幸せだと思うのです。 本紙 臨床検査技師や養護教諭の育成にも取り組んでおられますね。 香川 栄養士の臨床検査導入というのは、今では管理栄養士課程で当たり前になりましたけれども、大学では昭和四十年ごろから教えています。現在、保健栄養学科では、臨床検査技師と栄養士の両方の資格が取れます。両方を学べば、医者と相談して、その人に合わせてぴったりの指導ができる、食事も用意できるでしょう。

 昭和五十四年からは養護教諭の養成も始めました。なぜ栄養大学で養護教諭をと思われるかもしれませんが、私はこの学校の目的からしてきわめて当たり前だと思っています。

 食の教育を何とかしなければいけないのに、ずっと栄養士は教えることができなかった。子どもにどうやって教えようかと一生懸命考えました。そこで、養護教諭に思い当たり、栄養学をきっちり教えて、栄養学士にしておいて、それから養護教諭を作ることにしたのです。

 子どもの健康状態はそのときの食事の影響を受けますし、身体の弱い子どもがそれから先を健康に過ごすためにも、きちんとした食べ方を教えていかなければいけません。栄養だけではなく、本当に子どもたちのカウンセリングができ、他の先生とも力を合わせていける養護教諭を作っていこうと考えたのです。だから本学の養護教諭の教育は本当に徹底的に行います。就職の方も順調に成果に結びついています。

 昭和二十五、六年頃からは、中学・高校の家庭科教諭を取得できるようにしています。大学の二部でも取得できますが、二部で家庭科教諭が取れるのは日本中で本学だけです。

 いずれも、単に教育、教員関係の資格を取ることが目的ではありません。どのように食べてどのように生きるかを身につけ、それを一人でも多くの人々のために役立てる人になってほしい。そういう共通した思いがあります。

 本学の文化栄養学科は、資格取得とは違う視点で「食」にかかわる視野を広げ、独創性を発揮させるための学科です。「食」に関するプレゼンテーションのために、コンピュータグラフィックスを学んだり、地方や年代による食文化の違い、文化論を学びます。また、一つのことをしっかり追求して問題を解決する能力を培うための学科でもあります。

 学生は、一年半その人がやりたいと思うテーマを勉強して、それを四年生のときに発表して卒業していきます。卒業生は個々の才能を伸ばして、多彩な分野で活躍しています。 本紙 専門学校も設置されています。 香川 他大学や短大を出て栄養士の資格はとったけれども、料理をもっと学びたいという人もいて、そのために専門学校があり、プロとしての食の技術を学びます。生徒の約三分の一はそういう人たちです。調理の技術を身につけることを目的にした人のためには、調理師科と製菓科を設置しています。調理師科では介護食士三級も取得できます。今、介護の現場で、いちばん多いクレームは食事のことなのです。私たちとしては、介護のための食事を調理師ができるようにと考えています。

 短期大学は、二年制としてはかなりしっかり教育をしているつもりです。栄養士にもなれますが、学部に二十人の編入枠があり、管理栄養士もめざせる。臨床検査技師の方にも行けます。

「オンリー・ワン」として、

「人間栄養学」の視点を

本紙 貴学が今後、果たすべき役割についてお聞かせください。 香川 本学は英文科もないし、国文科も法学部もない。とにかく食べて、健康に生きるための学部、学科、専攻を設けています。創刊七十年になる雑誌「栄養と料理」も、もともとは講義録として生まれ、今でもそれに準じた内容です。

 とにかくみんなが健康に生きる、しあわせに生きるための食べ方を普及したい、それをリードする人を育てたい。そのために養護教諭の資格が取れる、家庭科の先生にも、臨床検査技師にもなれる。そのようにやってきました。

 本学のモットーは『実践』栄養学です。紙の上の栄養学ではありません。そして、それは人間の豊かな「生」を育むための「人間栄養学」としての視点を持っていなければなりません。

 実は大学も短大も二年制以上の学校では、入学後の半年間全員に私が毎週一回教えています。そこで、この学校の創設の目的や、何をめざしているかを授業の中で学生に体得してもらっています。建学の精神を、学生に浸透させたいのです。

 「健康」と「食」のあり方を学生一人ひとりに伝え、周りの人々に拡げてもらいたい。ひとりでも多くの人にちゃんとした「食」を身につけて、みんなに健康になってもらいたい。「食」によって「健康」の幸せを広げる人材を育てていきたいのです。

 少子化ということで、学生、生徒確保が難しくなる中で、本学園としては、高等教育機関として、研究の成果をあげることはもちろんですが、実際の様々な生活の場で役立つ「栄養学」のあり方を知らせなければなりません。なんといっても建学の精神に立ち返り、学園として「オンリー・ワン」であり続けることが必要であり、社会的な使命を果たす上においても重要なことだと思っています。

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