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第21回 群馬社会福祉大学・群馬社会福祉大学短期大学部 鈴木利定学長インタビュー

2004/06/25

 鈴木利定(すずき としさだ)

一九四六年生まれ。二松学舎大学大学院博士課程中国哲学専攻修了。学校法人昌賢学園理事長・学園長。日本私立短期大学協会常任理事、群馬県私立大学協会副会長、群馬県私学振興会理事、日本介護福祉士養成施設協会役員、群馬県社会福祉協議会評議委員、群馬県高齢者・障害者福祉基金地方分助成事業推薦審査委員ほか多数兼務。主な著書に「儒教のこころ-孔子と目指したその思想 シリーズ儒教道徳・哲学の研究一」、「衆妙の門」、「咸有一徳」(以上中央法規出版)、「介護保険制度早わかり-現状から将来に向けて」(三草書院)、「儒教倫理思想の中心概念を根底より論ず」(陽明学研究所)など。

地域社会に『不可欠』な、地域に根ざした大学に

大切なのは、計画性、実行力、

プライドを持つこと

本紙 まずはじめに、貴学創設の背景についてお聞かせください。

鈴木利定学長(以下敬称略)

 本学は平成十四年開学の若い大学です。大学設立以前にも、平成元年に系列の群馬社会福祉専門学校を、平成八年に群馬社会福祉短期大学を設立しておりまして、『高い専門性とヒューマニズム』を標榜し、一貫して福祉現場が求める人材の育成に励んで参りました。

 四年制大学を設立した理由は、幅広い学びのスタイルとメリットを用意するべきではないかという観点に立脚したからです。十代後半の学生は、柔らかい素材のようなものであり、教育という形成過程でどのようにでも成長できるものなのです。ですから、その可能性を十分生かす体制を作っていくことが、われわれ教育者の務めであると思っております。

ボランティアや市民講座を通じた地域交流を

本紙 『高い専門性とヒューマニズム』とは、具体的にどのようなものでしょうか。 鈴木 「五倫五常」という儒教の教えがあります。「五倫五常」とは、すなわち『親義別序信』『仁義礼智信』のそれぞれの五つの徳目を指します。本学の母体である学校法人昌賢学園の歴史は、十四世紀に上杉謙信の血族であった長尾昌賢が私塾を開いたことに始まりますが、この教えがその当時から学園の教育理念となっています。仁愛を貫き、正義を愛し、礼節を重んじ、さらに真理を理解する智恵と、他者から信頼される誠実な心をもつということですね。この精神をさまざまな形で学生に伝える努力をしております。

 例えば、本学では、教養科目の『哲学』の一環として、『道徳』をカリキュラムに導入しています。大学で道徳の講義というのは少々珍しいですが、自分が嫌なことは人にもしない、自分が嬉しいことは進んで人にしてあげようという、幼いころに教わった『人と人とが暮らす上での基本的なルール』をもう一度反復して、確固たるものにするための時間と位置づけています。福祉を学ぶうえで、そうした道徳心をもてるかどうかは非常に重要だと、私は考えています。

 その基盤づくりとなるのが、ボランティア活動です。本学は、ボランティア活動を必修科目として単位認定し、毎週土曜日を『ボランティアの日』と定めています。教室では実感できない人の心の機微や、仕事へのやりがいなど、多くのことを学生に体得してもらう日ですね。

 内容は実にさまざまです。保育所、幼稚園、児童施設、老人福祉施設、障害者施設、事業団など活動場所は多岐にわたり、学生は自分の興味に沿って活動先を決めます。

 もちろん、活動後はアフターフォローを行い、必ず報告書を提出させ、ときには個別の面談を行い、悩みや問題点の早期解消を図っています。また、学生間の情報交換も大切にしています。全体集会を設け、各々の疑問点や感じたことなどをグループワークの形で議論させ、グループごとにまとめた意見をプレゼンテーションさせます。これにより、情報の共有化と課題に対する意識づけを図るのですね。いうなれば、このボランティア活動はひとつのゼミナールで、『フィールドワーク』、『ディスカッション』、『プレゼンテーション』の三位一体で、学生の問題発見能力や問題解決能力を鍛えています。 本紙 ボランティア活動先の反応はいかがですか。 鈴木 本学では、学生がボランティアを通じて感じたことをまとめて、活動先の施設にフィードバックしているのですが、これが非常に好評です。「学生の視点からの意見は、毎日業務に就いていると、気づかないことや忘れかけていたことを思い起こさせてくれる」とのお言葉をいただき、私どもとしても嬉しい限りです。学生の就職に直結するケースもあり、ボランティア活動によって、地域交流が育まれているという手答えを感じています。 本紙 地域と連携が諮られているというのは、大学にとっては強みですね。学生の活動以外にも、何か交流をされていますでしょうか。 鈴木 地域のみなさまに、直接キャンパスに足を運んでいただけるような試みを行っております。市民講座などは、昨今どこの大学でも行っていますが、本学はそこから一歩踏み込み、『地域の人びとが本当に望んでいるものを提供する』ことを心がけています。

 具体的には、ホームヘルパー(訪問介護員)二級が取得できる市民講座やパソコン教室などを開講しています。ホームヘルパーの資格を取得して活動をすれば、相手を助けてなおかつ自らの収入を生み出すことができますし、パソコンは言うまでもなく現代人の必携ツールですから、非常に喜んでいただいております。

 地域のみなさまが仕事を終えてから参加できるように、講習は夜間帯にも設けております。夜間ですから、教える教員にとっても決して楽ではありませんが、楽だとか大変だとか、得だとか損だとかそういった発想から抜けきれないようではダメなんです。

 また、本学には『福祉研究センター』と『ボランティアセンター』という地域交流を目的とした研究所があります。両センターとも相談、援助が主な業務で、地域のみなさまが抱えていらっしゃる、子育て、高齢者、障害者問題などさまざまな悩みを聞いて、カウンセリングをしたり、援助活動を行ったりと、具体的な解決策を提供しております。

 いずれの場合も大切なのは、われわれは地域の中で、『大学という家に住む住民』なのだと自覚することです。高等教育機関としての機能はもちろん遂行していかなければなりませんが、地域に住む一住民としていかに地域と日常生活を共にできるかが大事であり、地域の清掃作業があれば参加し、講演要請があればすぐ駆けつける。そういう姿勢を大切にしていきたい。その中で私立大学の役目を果たしたいのです。そのほかに、福祉関係者の原点としましたそれぞれの人格の涵養を目標としました『陽明学研究所』も設置しております。

 今年から国立大学が法人化して、私立大学との競合が本格的に始まりましたが、私ども私立大学は、私立だからこそできる貢献を、地域社会で果たしていかねばならないと思っています。そのためには、まず教員が大学も一住民であるという意識を持って向上に努めなければ、いつまでも大学と地域を隔てる『門』は閉じたままです。こちらから積極的に働きかけることによって、その門を開放していかねばならないのです。

福祉の『プロ』を育成する現実的、生産的土壌を日本社会に

本紙 「教員の意識向上」というお話がでましたが、貴学では教員の授業評価をしていらっしゃるそうですね。 鈴木 教え方、講義、板書にいたるまで、多様な評価項目を用意し、学生に無記名で評価をしてもらいます。中には厳しい指摘もありますが、事実は事実ですからね。私も教鞭を執っているので、なるほど学生はこういうところも見ているのだなと、よい反省になります。

 教員の能力開発であるFD(ファカルティ・ディベロップメント)も年に数回行って、教員と学生との意識の溝を埋め、シラバスと現実のニーズの開きを縮めるよう努力しています。教員は自分の研究もしなければならないので大変ですが、今のところ協力体制は良好です。

 そのほか、卒業した学生の追跡調査を行って、社会での体験を大学にフィードバックさせる試みも行っています。これは、社会のタイムリーな動向を把握し、社会が求める能力や資質をダイレクトにカリキュラムに反映することができるので、非常に役立ちます。『生きている学問』とはまさにこうしたことではないでしょうか。 本紙 学生のニーズからかけ離れてしまわないようにされているのですね。それでは逆に、学長から学生に望むものとはどのようなことでしょうか。 鈴木 ひとつ具体的な望みを申しあげますと、『掃除と挨拶がしっかりとできる』人間であってほしいということです。大学生を相手に何をいまさら、と思われるかもしれませんが、これが重要なのです。この二つがきちんとできる人間は、必ず成長します。

 掃除は計画性と実行力を、挨拶は自己に対するプライドを養ってくれるからです。ここでいうプライドとは『自己に対する誇り』です。人に対して挨拶ができないのは、『私はここにいる』と主張ができないということ。挨拶とは、『私はあなたの目の前にいますよ、しっかりと存在していますよ』というメッセージなのです。自分の存在を肯定できる人間は、他人の存在や尊厳も同様に認めることができます。ですから、福祉を学ぶ学生として、この基本的な営みをきちんと身につけてほしいと考えています。

 ちなみに、本学のAO入試では、「掃除」を課題としています。五、六人をグループにして、「これから一時間、掃除を行ってください。何をどうするか、手順はみなさんで相談してください」と指示だけを出して、あとは好きなように行わせる。ひとり黙々と掃除をする者、テキパキとほかの子に指示をして統率を計る者など、本当に十人十色です。そうした行動を観察し、計画性はあるか、統率力を持っているか、実行力はどうか、細かい気配りができているかなどを判定します。

 AO入試の利点は、学力にとらわれず、私たちが望む人材を見いだせるところです。学生の本質を見抜くためには、「掃除」という手段が最も効果的だと考えています。そのようにして入学した学生は非常にモチベーションが高いので、リーダー役となって、周囲によい効果を生み出してくれています。 本紙 日本の福祉の現状については、どのようにお考えでしょうか。 鈴木 日本の福祉が現在抱えている問題は、資格と福祉が切り離せない関係になってきているのに、有資格者がその資格に値するだけの力量を持ち得ていないことです。例えば、介護福祉士国家試験は、筆記試験と実技試験により構成されていますが、実技の試験時間は、なんと一人あたり二、三分です。そのような限られた時間内で、受験者が福祉に適性があるかどうかを判断するのは、果たして妥当でしょうか。

 それに加えて、有資格者の社会的立場が、まだまだ弱いところも問題です。介護福祉士や社会福祉士の資格を取得したとしても、専門職として独立できる確かな土壌はありません。欧米のように、資格によって、しっかり生計を立てていける体制が日本社会にも必要ではないでしょうか。

 有資格者に対するしかるべき報酬は、すなわちその人物を専門領域に長けた「プロ」として認めるということ。福祉分野はとかく精神論で語られがちですが、もっと現実的、生産的な観点から「プロ」の育成に力を入れるべきだと思います。 本紙 今後の貴学の展望についてお聞かせください。 鈴木 本学でも、今後は交換留学などを通じた国際交流に力を入れていきたいですね。異なった文化や思考に日常的に触れることは、客観的な日本社会への理解を深める機会となります。さらには、福祉に対する大きな視点も養成できる。日本社会で求められる福祉だけでなく、今世界で問題となっているのは何か、世界が求める福祉とは一体何かという、グローバルな視点を学生が養う好機になります。そのための体制を整えていきたいですね。

 そしてもうひとつ、地域の産学連携による「街づくり」をしていきたいと思っています。大学は、その土地にただ『ある』というだけでなく、地域に根ざした『不可欠な存在』でなければなりません。産学連携というものは、大がかりな施設や先端機器ばかりで成されるものではなく、目的意識とやる気にあふれた人間一人ひとりの力によって、成し得るものだと、私は考えます。ですから今、地域の発展を願う方々ならびに産業界の熱意と、本学が有する知的財産である学生や教員のマンパワーを連携して、住民に何を提供していけるのか、いかに地域の活性化を図っていけるのかを模索しているところです。 本紙 貴学で学ぼうと志ざす若者に対して、メッセージをお願い致します。 鈴木 学長として私が言えることは、大学ではひたすら『自分』と『社会』について考えて欲しいということです。自分と社会の関わりが見えれば自ずと、大学時代に学ぶべきこと、成すべきことは見えてきます。いつの日にか、「あの月日があったからこそ、今の自分は存在しているのだ」と心から思えるような、そんな充実した大学生活を学生諸君に過ごしてほしいですね。

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